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絶望はそこに



「うぁ、あぁ……あぁああぁ……!」


「や、ヤネッサ!? ねえ、どうしたの!?」



 ノアリの胸元を射止めた弾丸。体内から取り出したそれを手に取り見つめるや、ヤネッサはわかりやすいほどに取り乱した。


 その様子に、ノアリもアンジェリーナも困惑する。今、自分たちは狙われている……とはいえ、こんなあからさまに騒いでいい状況ではない。


 ヤネッサだって、それはわかっているはず……なのに、この取り乱しようは。



「あぁああぁあ……!」


「ヤネッサ、ヤネッサ!」



 肩を揺するも、涙を流すヤネッサには効果がない。いつも明るく、笑顔を見せる彼女のこんな姿、見たことがない。


 実際、ヤークワードでさえ、ヤネッサが大きく取り乱した姿を見たのは、エルフの森であるルオールの森林が焼かれたと、事実を突きつけられたときだけである。


 ノアリも、その時の状況は聞いていた……エルフ族の故郷が、仲間が、焼かれ、それを目の前で見たヤネッサは、いつもから考えられないくらいに怒りを露わにしたのだと。


 ひょっとして、今回も……



「うぁあ、アァァ……!」


「ヤネッサ! ねぇしっかり!」


「! ノアリさん、結界が!」



 ふと、アンジェリーナの言葉に、ノアリは視線を上へと向ける。自分たちを覆って守ってくれていた結界が、薄れてきている。


 自分たちには魔力のことはよくわからないが、結界を維持するには強い精神力が必要だと、アンジーは昔言っていた。


 片手間にノアリの治療をしてくれていたヤネッサ。そんな彼女が、精神を揺すられるほどの事態……


 尋常では、ない。



「アンジェさん、構えて!」


「はい!」



 もはや、結界の消失は時間の問題だ。結界が消え去れば、また先ほどの狙撃が狙ってくるかもしれない。


 ノアリとアンジェリーナは、お互い背中合わせで……ヤネッサを守るように、立つ。


 ヤネッサになにがあったのかはわからない。だが、普通でないことは確かだ。今彼女は、自分の身すらも守ることはできない。


 ならばこそ、自分たちが守るのだ。ノアリは、つい先ほど決めたばかりの覚悟を、改める。



「相手は見てない狙撃手……こっちは剣一本……」



 その上、狙撃された弾丸は、竜人となった自分の体をも傷つけた。ノアリは、そのことをちゃんと理解している。


 ……常人よりも硬い皮膚を持つ自分でさえこうなのだ。普通の人間であるアンジェリーナや、エルフ族のヤネッサがこれをくらえば……


 どうなるかは、想像もしたくない。



「ヤネッサさんでも気づかなかったということは、それほど遠くから狙い撃ってきた、ということでしょうか」


「だとしたら、厄介……」



 もしも狙撃手の存在があろうと、ヤネッサならばその存在に、気配に気づけたはずだ。


 この状況で、相手の位置が掴めない……それは、それほどに遠い距離にいる、ということか? 室外ならばともかく、室内でそれほど距離のある場所にいるとは思えない。それに、そんなに遠くからノアリの胸を正確に撃ち抜いたとしたら、それはそれで問題だ。



「! 結界が……」



 考えている間もない。ノアリたちを覆うように守ってくれていた結界は、ついに音もなく消失する。


 その、次の瞬間だ。



「!」



 ガギンッ……と、なにかをとっさに、ノアリは剣で弾いた。それは、飛んできた弾丸だった。


 見えない位置からの、攻撃……人と違って、ものに気配なんてものがあるはずもない。


 だというのに、ノアリの体は反応して……気がつけば、弾丸を払っていた。



「え、え!?」



 アンジェリーナは、今なにが起こったのか、理解できていない。だがそれは、ノアリも同じこと。


 自分が意識するよりも先に、体が反応した……長年の戦いの経験値から、というわけではないだろう。ノアリにそんな経験は、まだない。


 となると……この反射神経こそが、竜族の力の一端なのであろうか。



「……ない」


「え?」



 ノアリが自分の力に驚く中で、自分のものではない声が届く。そしてそれは、アンジェリーナのものでもない。


 振り向く……そこには、膝を付きうつむいたまま、ぶつぶつとなにかを言っているヤネッサの姿が、あった。



「ヤネッ、サ……?」


「……ない…………さない…………許さない……!」


「!?」



 立ち上がるヤネッサの口から紡がれるのは……怒り、そして憎しみ。これまでに、彼女から感じたことのない感情だ。


 ノアリは、アンジェリーナは、背筋を震わせた。決して短くない時間を、彼女と過ごしてきたが……


 こうまで、彼女を恐ろしいと思ったことは……ない。



「や、ヤネッサ? 待って、なにが……」


「許さない!!」



 ノアリの制止も聞かず、ヤネッサは一歩前へ……次の瞬間、彼女の体から、ノアリたちもわかるほどの圧倒的な魔力が、あふれ出す。


 決して、理解はできないだろう……同胞を、仲間を、あんな風に弄ばれて……その気持ちは、誰にも……



「くっ……あぁああああ!!」



 あふれる魔力、それはある一方向へと飛ぶ。まるで、電撃が走っているかのよう。


 それから間もなく、声もなくなにかが……ドサッ、と落ちる音がした。



「……先生?」



 あまり遠くない距離、そこに横たわるは……ノアリに見覚えのある、学園の教師だ。手には、銃……いやライフルを持っている。


 つまりは彼が、ノアリを狙ったのだろう。


 ……彼は、動かない。



「も、もしかして……死ん……」


「うぁあああぁああ!!」



 喉が張り裂けるのではないかと思うほどの、声……仲間の仇を取ったはずのヤネッサの絶望は、しかし晴れない。


 あふれ出る魔力は暴走し、壁を、天井を、すべてを撃ち砕いていく。

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