救出に向けて
……廊下に、足音が響いていた。タタタッ、と、3人分の足音だ。
いつも通っていた廊下のはずなのに、どうしてか、とても冷たく感じられる。
「ヤネッサ、ヤークの場所はわかる!?」
「うんと……こっち!」
先導するヤネッサに従い、ノアリとアンジェリーナは、潜入に成功した騎士学園の内部を、走っていた。
ヤネッサには、においを敏感に察知する鼻がある。どれだけ離れていても、対象のにおいは決して忘れない。
その特技……と呼んでいいのかわからないが……に頼る形ではあるが、ノアリたちはヤネッサを頼りにしていた。
「それにしても……大丈夫、でしょうか」
「ん?」
隣を走るアンジェリーナが、不安げな表情を浮かべている。捕まっているヤークワードのことを気にかけているのだろうか。
「先ほどの……シン・セイメイさんでしたっけ」
違ったようだ。もちろん、ヤークワードが心配じゃない、というわけではないだろうが。
それでも、直前のあの男の安否も、気になっているらしい。
「大丈夫よ、あの男なら。アンジェさんも見たでしょ? あいつの力」
「えぇ」
セイメイとの死闘、それは途中参戦だったアンジェリーナも、目撃している。その力を見て、不安に思うのは、相手があのクロードだからだろうか。
そんなノアリの考えに、アンジェリーナは小さく首を振る。
「あの人の安否、というのもそうですが……」
「なにか、別の心配事でも?」
「……他にも、クロード先生のような方が、私たちの妨害をしに来ないかと」
アンジェリーナが抱える不安。それは、自分たちのことだ。
クロードが飛び抜けて、とはいえ、他の教師だって敵に回ったら厄介なことこの上ない。それに、クロードに並ぶ実力者もいないわけではない。
入り口では、セイメイに任せる形で学園内に入ることができたが……
「話しても、わかってくれそうにないし」
先ほどクロードに呼びかけても無駄だったように。他の教師に、ヤークワードを返してくれと話しかけても、それは無駄に終わるだろう。
そもそも、どれだけの数が、ヤークワードを捕らえることに協力しているのか。それに、真相を知っているのか。
ここまで来てなんだが、敵の数も思惑も、未知数なのだ。
「それにしても、さっきから誰とも会わないわね。入り口でもあんなに騒いでたのに」
「先ほどの爆発を調べに行っているのではありませんか?」
「ふふーん、なぜ誰とも出くわさないか。それは……私が、人のいない道を選んで進んでいるからだよ!」
「ヤネッサナイス!」
薄い胸を自慢げに張るヤネッサ。どうやら、彼女にはヤークワードへの案内とは別にも、現在進行系でお世話になっているようだ。
ヤネッサの鼻があれば、人がいない道を選ぶことも、簡単だということだ。
「ま、あの男のことは今は置いておきましょ。それより、気になるのは……」
味方とは言いにくい男ではあるが、目的は同じ。そのために、クロードを足止めしてくれるというのなら、これ以上に心強いことはない。
あの男の力は、一度戦った自分たちがよく、わかっている。
それよりも、気がかりがあるとすれば……
「ミライヤ……」
裏門に、ひとり残されたであろうミライヤだ。
人払いの結界により、セイメイと対峙したことのあるノアリたち以外は、結界……つまり学園の外へと、弾き出されてしまった。
そうであるならば、ミライヤと一緒のはずのアンジー、ロイ、ミーロも弾き出されてしまったはずだ。
「あぁもう、気になるぅ!」
先ほどは、セイメイとクロードとのごたごたで、裏門にまで確認に行く余裕がなかった。だが、本当なら今すぐにでも裏門に向かいたい。
とはいえ、ここから裏門まで距離がある。すでに結界が張られて時間が経っている以上、ずっとじっとでもしてくれていないと、すれ違いになってしまう。
そう、ノアリが悶々していると……
「きっと、大丈夫だと思いますよ」
アンジェリーナが、ノアリを安心させるような優しい口調で、言う。
大丈夫……それは、希望的観測というよりも、どこか確信あっての、言葉に思えた。
「どうして……」
「……彼女は強いです。あなたも、わかっているでしょう?」
「……」
それは、根拠というよりは希望的なものに近い。だが、下手な根拠を出されるよりも、よっぽど信頼できる言葉だ。
そうだ、ミライヤは強い。ノアリが、それを一番良くわかっているではないか。
この、貴族だらけの騎士学園で。平民という、見下される対象にありながら折れることなく在席し続けた。
それに、彼女の居合いは目を見張るものがある。精神的にだけでなく、技術的にも、彼女は強いのだ。
「……そうね、きっと大丈夫」
ミライヤもきっと、この状況下でやるべきことをやっているはず。だからノアリたちも、進もう。
一同その思いを胸に、走り続ける…………
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「あ、アンジーさん……ロイさん……ミーロ様ぁ……みんな、どこ行っちゃったんですかぁ……? こ、こんなところで、ひとりに、しないでくださいよぉ……」
裏門で、たったひとりになってしまった少女は、目に涙を溜めて、うろうろしていた。