その気配の正体は
「どうなってるの?」
そう、周囲を見回すノアリ。先ほどまで一緒にいた、キャーシュの姿がない。
キャーシュだけはない、遠巻きに学園を見ていた、人々の姿もだ。ここにいるのは、ノアリとヤネッサの、二人だけ。
「これ……結界だ」
空を見上げ、ヤネッサがぽつりと呟いた。
先ほど彼女は、魔力の気配がすると言っていた。つまり、今この場には、魔力の結界が張られている……ということか。
以前、魔族がこの国を、魔力封じの結界で覆ったように。
「じゃあ……ヤネッサ、魔力は!?」
「……うん、大丈夫だよ。魔力は使える」
己の手を握りしめ、魔力が失われていないことを確認するヤネッサ。その事実に、ノアリはほっと一息。
しかし、なぜこんな……
「なんで、私たち以外誰もいないの?」
「……多分、人払いの結界」
ノアリの疑問に答えるのは、やはりヤネッサだ。
魔力、結界……この要素から、エルフ族である彼女には思うところがあるようだ。
「人払い……?」
「うん。誰かが、この学園を中心に、結界を張ってる。その中では、関係ない人間は弾き出されてる。
結界の外と中とでは、見ている空間に若干のズレがあるはず」
「……じゃあ、キャーシュや他の人が消えたのは、いなくなったんじゃなくて、空間がズレて見えなくなってるだけ?」
「そう。しかも、ただ空間をズラしてるだけじゃなくて、外からは学園の中にも入れないように、なってる。相当な魔力の持ち主」
「でも、だったらなんで私たちは、結界の中にいるの?」
何者かが、結界を張った。関係ない者は弾き出されるというが、それならばなぜ、ノアリとヤネッサはこの場に残れているのか。
その疑問に、ヤネッサは……
「……結界を張った誰かが、私とノアリの関わりのある人物……ってことかな」
顎に手を当て、そう答えた。
ノアリとヤネッサは関わりがあり、関わりのないキャーシュは弾き出された。
それに、ヤネッサ曰くこの結界を張ったのは、相当な魔力の持ち主だという。
「それって……」
「おぉーい!」
そこへ、明るい声が届く。ここにはノアリとヤネッサしかいない……と、思っていたが。
声のした方向へ、振り向くと……
「あ、アンジェ様!?」
「おー」
そこには、手を振りながら走ってくる、アンジェリーナ・レイの姿があった。
まさかの人物の登場に、ノアリは目を丸くする。
「はぁ、はぁ……よ、よかった。知ってる方に会えて」
ノアリの目の前にまでやって来たアンジェリーナは、息を弾ませ、立ち止まる。
膝に手を当てて、息を整えていた。
「アンジェ様、どうして……」
「はぁ、ふぅ……や、ヤークワード様のことが、心配で、けれど、どうすればいいのかわからなくて。学園に来れば、誰かいるかと、思いまして」
どうやら、アンジェリーナもヤークワードのことを、心配してくれていたようだ。
そして、学園に近づき……結界に、巻き込まれた。突然周囲の人間がいなくなったのだ、それは焦っただろう。
「あ、一緒に女子会した人! アンジェリーナさんだっけ」
「お、お久しぶりです。あ、アンジェでいいですよ」
彼女とは、ヤネッサも面識がある。その頃は、シュベルトもまだ生きていた。平和なときだった。
懐かしきにおいがする。
「アンジェ様も、結界に巻き込まれた?」
再会に喜ぶ2人を横目に、ノアリは小さく呟く。
結界による人払い、結界を張った主と関わりのある者以外は弾き出される。そのおかげで、学園近くまで来ていたアンジェリーナと再会できたが……
もしかしたら、他にも結界に巻き込まれている者も、いるかもしれない。
とにかく……
「アンジェも、ヤークを助けるのに協力してくれる?」
「えぇ、それはもちろん! ……シュベルト様の、お友達ですもの」
ヤネッサの言葉に、アンジェリーナはつらそうな表情を抑え、力強くうなずく。
予期せぬ仲間だが、心強い。
「なら、行こう!」
見据えるは、騎士学園。そこに、この結界を張った者もいる。敵か味方か……
そうでなくても、あの中は敵の巣窟と言ってもいい。いくら、謎の爆発で騒ぎになっているだろうとはいえ、油断はできない。
それに、結界から周囲の人々が弾き出されたということは、人々の騒ぎに乗じて侵入するという手段も、なくなったのだから。
「……ん?」
ノアリ、ヤネッサ、そこにアンジェリーナを加えた3人は、息を殺しながら学園へと向かう。この結界の中では、ヤネッサに魔法による誤魔化しを頼んだところで、意味のないことだ。
かといって、堂々走るわけにもいかず。姿勢を低くしていたのだが……
「あそこ、誰か……」
「子供?」
彼女らが走る先、学園の正門……そこに、人影があった。それも、小柄な……
おそらくは、子供だ。
なんで……
「なんで、こんなところに子供が?」
同じ疑問を、アンジェリーナも浮かべる。
この結界は? これからヤークワードを助けに行くのに。不自然に不自然な状況。なんで子供がこんな危険なところに? 時間がない。
……それらの疑問がごちゃまぜになり、一番重要な疑問を失念ていた。
「ねぇキミ、ここは危ないから……」
その子供に、声をかける。……と同時に。
ノアリは……後悔した。その子供に声をかけたことを。頭の片隅にあった疑問を、そのままにしていたことを。
……この場にいる子供が、ただの子供であるはずがないということを。
「……ホッ、なんとも間抜けな、顔つきよの」
「……っ」
ノアリは、知っている。姿こそまったくの別人であるが……間違えるはずもない、この禍々しいほどの気配を。
この子供は……いや、彼は……
「……シン・セイメイ?」
かつて、死闘を繰り広げた……エルフ族の王だ。




