深刻な事態
周囲に、広がっていく……
真実を確かめる術のない情報は、その情報だけが頼りだ。他に、詳細を知る方法などない。
だから人々は、もたらされる情報が真実だと認識し、それが広がっていく。こんな状況でもたらされた情報ならば、なおさらだ。
『勇者』の死、いや殺人。それを行ったのが、『勇者』の息子などと……国中が大変なこの時期に、そんな間違った情報を流すはずがない。
ゆえに、この情報は真実だ。しかし……
「……なんだか、おかしくないかしら」
「ノアリ様?」
この情報を受け、ノアリは……腕を組み、考える。
この情報は、おそらく真実。どこからどこまで、はともかくとして、実際に起きた出来事なのは、間違いないだろう。
つまり、『勇者』ガラド・フォン・ライオスは死に……それが事故にしろ事件にしろ、犯人が息子のヤークワード・フォン・ライオスとされている。
「多分、この放送の内容は、正しいんだと思う」
「え……じゃあ、ノアリ様も、や、ヤーク様がお父上を……」
「……その真偽は、わからない。でも、誰かが"そういうこと"にしようとしているんじゃないか……そう思うの」
「そういう、こと……? それって、ヤーク様を犯人に、仕立て上げようと?」
もちろん、これはノアリの予想だ。ヤークワードが無罪だと考えたいがための。
ヤークワードはそういうことをする人間ではない……そういった、個人的な感情は、置いておいて。
「だって、よく考えたら変よ。国が大変で、みんな自分のことで手いっぱい……ううん、自分のことすら、やっと支えられる状態。そんな中で、こんな情報を流す?」
「……えっと……それは、『勇者』様が殺されたともなれば、なにを置いても発表するのでは?」
「普通なら、ね。でも、この状況も、『勇者』殺害も、どっちも国の一大事。今国の一大事なら、それに輪をかけてみんなを不安にするような情報を、流すべきじゃない」
自分のことさえも、いっぱいいっぱいの現在。だというのに、そこに『勇者』殺害という、国を揺るがす情報を流す……しかも、こんな真実を確かめようもない方法で。
今はできるだけ、人々の安寧を願うべきだ。魔族に襲われ、殺されそうになり、国は崩壊しかけた。
人々に心のゆとりを持たせ、国の復興を急ぐ。それが最善であるはず。
「あんまり、こういう言い方はしたくないけど……少なくとも、みんなの心が落ち着きを取り戻すまでは、『勇者』殺害の件は包み隠すべきだと思う」
「つ、包み隠す、ですか?」
「『勇者』なら、忙しい用事に追われている、とかごまかせば、姿を消しても不審に思われないわ。今回の功労者である、ヤークもね。で、事が落ち着いた後、事件を発表すればいい」
ノアリの言葉は冷たいが、それはある意味の真実だ。
貴族で、しかもそれなりの地位にいるカタピル家なら、たとえノアリのような子供でも貴族社会の闇は、耳に入ってくる。
不都合な真実は、裏でもみ消したり、そういうのはしょっちゅうだ。
だから、今回の件も……まあ『勇者』殺害という件はさすがに包み隠せないが……せめて、国民の安寧を待って、発表すべきだと思ったのだ。
「……でも、包み隠すことは、しなかった」
「私が考えられる理由は、2つ。
ひとつ目は、目撃者が結構いて、包み隠すこと自体ができなくなってしまった。目撃者に情報を流されるくらいなら、先に流しちゃおうってことね」
「じゃあ……」
身を乗り出すミライヤに、首を振り……ノアリは、一本上げていた指先とは別にもう一本、指を上げる。
「2つ目。何者かが、ヤークを『勇者』殺しの犯人に、仕立て上げようとしている」
「え……」
ノアリの言葉に、ミライヤは絶句する。
「変な話よね。ひとつ目の考えを推すなら、この情報を流す不自然さは納得できるけど、同時にヤークが犯人だと認めざるを得ない。なんせ目撃者がいるんだから。
2つ目の考えを推すなら、ヤークは犯人じゃない。でも……」
「……誰かが、悪意を持ってヤーク様を、陥れようとしている?」
「それも、『勇者』を殺してまで、ね。
ヤークを犯人に仕立て上げるため、まずはみんなにそう植え付けるため……この情報を流した。こんな、不自然な形でね。
ヤークが犯人じゃないって信じるなら、2つ目の考えを推すべきだけど……深刻さも、ひとつ目とは段違い」
ヤークワードを、何者かがはめようとしている……『勇者』であるガラドを、殺してまで。
そう考えた場合、今回の一件の裏には、なにか巨大な陰謀が、渦巻いている可能性がある。
こんな重要な情報を、一存で流せるほどの権力を持つ人物。そんな人物が、裏に潜んでいる。
思っていたよりも、この一件は、深刻なのかもしれない。
「そんな……ど、どうすれば……」
ミライヤにとって、事態があまりに大きすぎて、どう対応すればいいかわからない。いや、ミライヤだけではないだろう。
周りの人たちもだし、なによりノアリ自身も、そうだ。
「みんながみんな、ヤークを疑ってはいないはず。まずは、ヤークの無実を信じている者で、話し合った方がいいわね」
「あ、ヤーク様の母上様……それに、弟君」
「身内なら、今回の一件がおかしいと、わかっているはず」
ミライヤは面識はないが、ヤークワードの母親……"癒しの巫女"と呼ばれている人物だ。かつて、『勇者』と共に世界を救った人物。
それに、ヤークワードの弟。聞くところによると、ヤークワードは弟のキャーシュにべた惚れらしい。
「他にも、ヤークの人柄をよく知っている人」
自分以外に、ヤークワードを深く理解している人物……ノアリは、考える。いや、考えるまでもない。
メイドのアンジーだ。彼女は、フォン・ライオス家お付のメイド……ヤークワードや、ガラドについても深く、理解しているだろう。
それに、剣の先生であるロイ。他にも、騎士学園の学友、リィ……シュベルトが亡くなって以来かかわりは減ったが、アンジェリーナ、リエナ。
「味方は、いるわ」
きっとみんなも、今回の一件に不信を抱いているはずだ。
まずは、みんなと合流することから始めよう。