それぞれの活躍と被害と
部屋の中に、ガラドの姿はあった。いや、ガラドだけではない。
数人、貴族のおっさんがいる。おそらく、貴族の中でもそれなりに発言力のある人たちだろう。
それに、それだけじゃない……
「あ、ヤークワード先輩」
「……リーダ様」
ゲルド王国現第一王子にして、次期国王であるリーダ・フラ・ゲルドもいた。それだけで、ここに集まっているのはただの集団ではないことがわかる。
現状に対する話し合い……それを纏める、立場の人たちなのだろう。
「! ヤーク、無事だったか」
「……父上も、ご無事なようで」
俺の姿を確認したガラドが、嬉しそうな表情を向けてくる。ちっ、ガラドの方こそ無事だったのか。
……いや、その身には無数の切り傷が刻まれている。無事、とは言い難い状態だ。
「では、私はこれで……」
「いや、ミライヤもここにいてくれ」
俺をここまで送り届け、後はお役御免とばかりに去ろうとするミライヤだが……それを、俺が止める。
この場にいるのは、貴族社会の中でも発言力を持つ人ばかり。そこに、平民であるミライヤのいる場所などない……少なくとも、ミライヤ本人はそう思っている。
それに、他の貴族のおっさんも。そんな目をしている。
「ヤーク様、でも……」
「あ、嫌だった?」
「そういうわけではないですが、でも……」
「なら。いいですよね。父上、リーダ様」
戸惑うミライヤ……だが、俺は彼女をこの場に残らせることを選んだ。ミライヤに残ってほしいと思ったのは、なにも俺のエゴではない。
この中で、まともに魔族と戦ったことがあるのは俺やガラドを除けば、ミライヤだけだ。しかも、鬼族の力を用いて何体もの魔族を倒している。
そんなミライヤだからこそ、聞きたいこともある。知っていてほしいこともある。
「俺は、構わないが」
「ボクも。先輩が言うのでしたら、断る理由はありません。それに、今回の襲撃、被害を防げたのは彼女の働きも大きかったと聞いていますし、改めてお礼をしないと」
「お、お礼なんてそんな……!」
そんなこんなで、俺とミライヤは並んで席に座る。大まかな話はミライヤから聞いていたが、改めてリーダ様たちの口からも聞く。
ここのいるほとんどの者たちは、老若男女問わずに自分の影から現れた魔族を相手取るのに手いっぱいだった。そんな中で、魔族に立ち向かいその数を大幅に減らしたのが、ミライヤとノアリだ。
「お二人には、感謝してもしきれませんよ」
「そ、そんな……」
……普通に考えれば、自分と同等の強さを持つ魔族相手にしてはじり貧になってしまう。しかも魔族は、人間よりも丈夫だ……力が互角なら、その他の能力で優劣が傾く。
影が自分と同じ強さなら、影より強くなってしまえばいい……そう話したクルドは、竜族の真の姿に戻り自身の影を圧倒した。
それと同じことだ。ミライヤは鬼族の、ノアリは竜族の力をそれぞれ発揮して、影魔族を倒した。
「……」
ただ、それは……2人の姿が、大勢の人たちに見られてしまった可能性も、あるわけで。
「今はみんな、自分のことでいっぱいいっぱいみたいですね」
俺の気持ちを読んだかのように、リーダ様が告げる。少なくとも、今ミライヤやノアリのあの力を詮索するつもりはない、と。
……その、張本人であるノアリはこの場には、いないのか。
「……そうですか」
「ボクやガラド殿も手間取った相手から、被害を抑えてくれたのですから」
そうか、あの影魔族はガラドであっても、倒すのに苦労した相手なのか。
……もしも、そのまま戦いが続いていたら……いや、他の犠牲が出ていたかもしれないんだ、考えるのはやめよう。
「不甲斐ない話だ。それどころか、あのとき魔族が消えなかったら、どうなっていたか……」
「消えた……」
「あ、それ、ヤーク様が魔族のリーダーを倒したからですよ!」
悔し気に呟くガラドの言葉、それを受けてミライヤがはいはい、と手を上げる。
しかし、すぐにやってしまったと言わんばかりに、顔を真っ赤に染めておとなしくなった。
「……そうではないかと思ったが。倒したのか、あの白銀の魔族を」
「えぇ。と言っても、俺ひとりの力ではとても。クルドがいてくれたおかげです」
俺の報告に、それまで黙って話を聞いていた貴族たちがわっと盛り上がる。影魔族に手間取っていた手前話には参加しにくかったが、朗報を前に感情を抑えきれなくなったのだろう。
魔族を倒したことで、この国から危機は去った……そう考えて、喜びを表現している。
「ただ、まだ気になることも残っています」
俺は、まだ引っかかっていることを告げる。魔力封じの結界が完全に消滅したのかどうか、気を失っている人たちはいつ目を覚ますのか。
「いずれ目を覚ますのではないか? そうすれば、あの場に残っているエルフ族に結界の有無も聞けるだろう」
貴族のひとりが言う。まあ、結局は待つしかない……という結論になるのだろうか。
ただ、未来のことはどうなるかわからない……対照的に、すでに起こってしまった、どうしようもない出来事もあるのだ。
「その、エルフ族のことについてなのですが……一部のエルフ族の故郷であるルオールの森林が、魔族によって焼き払われてしまったようです」
「……ルオールの森林が?」
それは、口にするのも億劫な報告。それを受け、リーダ様が反応した。
「この国にいるほとんどのエルフ族は、ルオールの森林を故郷に持つと聞きます。ボクは言ったことはないですが……」
「確か、なのか?」
確認するような、ガラドの言葉。ウチのメイドであるアンジーのことを思えばこそ、聞き逃せない事柄のはずだから。
俺は、小さくうなずく。
「ヤネッサが言っていた、間違いないです」
「ヤネッサさん、いったいどこに……」
「魔族の策略で、ルオールの森林に呼び出されていたらしい。多分、他のエルフ族も……」
ヤネッサは、ジャネビアさんに呼ばれたと言っていたけど……それも、おそらくは魔族の策略のうち。ヤネッサ含めたエルフ族をルオールの森林に集め、もろとも燃やしてしまおうという。
そこから、ヤネッサはなんとか逃げ帰った。
「しかし、エルフ族がそんな簡単に、やられるとは……」
「魔族は、ルオールの森林にも魔力封じの結界を張っていたようです」
魔力封じの結界……それにより、エルフ族は魔力を使えないどころか行動も制限される。
動けなくなったところを、まるでなぶり殺しだ……!
「……魔族の目的は、ここだけじゃなくエルフの森も?」
「エルフ族を殺すことに、なんのメリットがあるんだ」
みんな、答えのわからない行動に悩んでいる。俺には、それとは別にもうひとつ、悩み事がある。
……この事実を、どうアンジーに伝えるかだ。故郷であるルオールの森林が燃えたこと、祖父ジャネビアさんたちが犠牲になったこと……
これを、どう伝えろってんだ……!




