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不可思議な男



「はぁ、はぁ……」


「……ヤーク」



 俺は、荒くなった息を落ち着かせるために、肩で呼吸を繰り返す。剣を握り締めている手が、震えている……それは、目の前の光景に衝撃を受けているから、ではない。


 俺の見下ろすその先には、丸いものが転がっている。……正確には、丸く見えるだけで、所々凹凸があるし、大きなもので角がある。


 ……目の前に、魔族の首が、転がっている。



「はぁ……っ」



 先ほどまで、不敵な笑みを浮かべていたかのような態度を浮かべていた魔族。そいつは、もう喋ることもない。


 ただ、首と胴体を斬り離し……生命活動は、完全に焼失したはずだ。



「……終わった、のか?」



 俺は、誰に問うわけでもなく、呟いた。


 しかし、側にいたクルドは自分に問い掛けられたものだと受け取り、周囲を見回した。



「……不穏な空気は、消えている」


「……そうか」



 俺は、魔族の体を斬り裂き、あと一歩のところまで追い詰めた。そこで、魔族は気になることを言った。


 これだけ騒いでいても、誰の姿も見当たらない……いくら学園に隠れているとはいえ、これだけの騒ぎだ。特にガラドなんかは、率先して確認に来るはず。


 それが、ないということは……学園でも、手の離せない事態が起こっていた可能性が高い。



「こいつに気を取られ、気づくのが遅れたが……学園には、他の魔族の気配もあった」



 魔族の言葉に、クルドは周囲を警戒した。そして、昨日のように影魔族が人々を襲っているとわかった。


 それからの行動は、決まっていた。あの影魔族を、この魔族が生み出していたというなら……この魔族の命を、断ってしまえばいい。


 だから俺は、魔族の首を……斬り落とした。



「ヤネッサの、具合は?」


「気を失ってはいるが、命に別状はない。もっとも、後少し処置が遅れていたら、どうなっていたか」



 魔族が死んだことで、ヤネッサの治療に集中できるようになった。とはいえ、ヤネッサの傷跡はすでになく、治療はすでに済んでいるとも言えるが。


 俺の中から出てきた、魔力のような力……それがヤネッサの中に入り込み、彼女の傷を治した。


 あの力は……



「ヤネッサを救ったのは、ヤークお前だ。そう不安がるな」


「……そもそも、ヤネッサの出血をクルドが止めてくれなきゃ、どうなってたか」



 クルドの、いや竜族特有の力は、魔力とはまた違った力のようだ。おかげで、この魔力を封じる結界の中でも、応急処置が出来た。


 クルドがいてくれなかったら……ヤネッサは、助けられなかった。



「クルド、ありが……」


「言うな。友のため、己にできることをしただけだ」


「……うん」



 クルドは、友達だからと言ってくれる。俺だって、クルドが困っていたらなんだってするだろう。見返りなんて、求めない。


 それでも……ありがとうと、その気持ちでいっぱいだ。



「ヤーク、ヤネッサは我がここで見ている。お前は、学園に戻るといい」


「え、でも……」


「気になっているのだろう? 向こうとて、同じはずだ……無事な姿を、見せてやれ」


「……わかった。ヤネッサを頼んだ、クルド!」


「あぁ」



 クルドの後押しを受け、俺は騎士学園へと戻る。


 魔族を殺したこと、不穏な気配が消えたこと……これらの点から大丈夫だとは思うが。これからのことは防げても、すでに、大きな被害が出ているかもしれない。


 いくら魔族と言えど、首を落とされれば死ぬ。それは、俺はよく知っている。だから、この件はこれで片がついたはず。



「……」



 ヤネッサを残すのは不安だったが、クルドがいてくれるならば安心だ。まさか、今の状態のヤネッサを連れまわすわけにもいかないしな。


 みんな……ガラドは別にいいけど……無事で、いてくれ……!



 …………………………



「……行ったか」



 走る少年ヤークワードの背中を見届け、クルドはその場で軽くため息を漏らす。地面に腰を落ち着け、傍らで眠っているヤネッサの頭をそっと撫でた。


 今回、魔族の襲撃に対して、クルドは人間たちがどうなろうと知ったことではなかった。それは、他の竜族と同様の気持ち……


 ただ……その人間たちの中に、彼が……ヤークワード・フォン・ライオスがいたからだ。



「ふぅ……」



 転がる、魔族の首を見る。鎧に包まれた顔からは表情を読み取ることはできない。が、生命活動は完全に停止している。


 先の戦いの中で、クルドには気になることがいくつかあった。魔族の目的もそうだが、それ以上に……



「ヤーク、お前は……」



 ボソリと、ひとり呟く。彼は、初めて会ったときに比べて格段と強くなった……そして、初めて会ったときよりも、感じる不可思議な現象があった。


 ヤークワードと初めて会ったとき。クルドは、彼の中にもうひとつの生命のようなものを感じた。魔術的な痕跡があり、それでいて一個の命のようなものが、彼の中にあった。


 今回再会したとき。その命の気配が、強くなっていることを、感じた。


 それを本人に伝えるには、状況が忙しすぎたが。



「……それに、魔力、か……」



 ヤークワードは魔族との戦いの中で、その身に漆黒の刃を受けた。……正確には、魔族の魔力を纏った刃を、受けた。


 その後のことだ。ヤークワードの中に魔力のような力が湧き上がったのは。しかも、その力でヤネッサの傷をも治した。


 魔力封じの結界の……より正確には、エルフ族のみの魔力が封じられた結界の中で、だ。


 あの力は、まるで……



「まるで、魔族の魔力が、ヤークの中に流れ込んだような……」



 それが証拠に、魔力を持たない人間(ヤークワード)が放った斬撃には、途中から魔力が帯びていた。それこそ、魔族に致命傷を与えられた理由だ。


 だが、おかしいのだ。人間に、魔力が流れ込むなんてことはあり得ない……たとえ、魔族が魔力を意図的に流し込もうとしても。


 体内に魔力を持てるのは、エルフ族と魔族のみだ。



「ヤーク、お前は……」



 ただの人間、ではない……そう、クルドは思い始めていた。体内に感じる魔術の痕跡、彼とは別の命のような存在、魔力を帯びた体……


 なにか、良からぬことでも起きなければいいが……クルドは、ただそれを願うばかりだ。


 魔族の危機は、去った。結局こいつら、いやこいつがなにをしたかったのかは、わからずじまいであったが……


 もう、全て終わったはずだ。

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