成熟した強さ
……同時刻、別の場所
「おぉおおお!」
ガギンッ……強烈な音を立てて、刃と刃のような硬度を持つ腕がぶつかり合う。その剣の持ち主はガラド・フォン・ライオス。そして相手にしているのは、ガラドの影から現れた魔族だ。
ガラドが持つ得物は、長年を共に連れ添った愛剣だ。それを、何度も打ち込むが……打ち込んだのと同じ数だけ、弾かれる。
魔族は丸腰、武器など持っていない。……否、必要ない。黒い鎧のようなものに全身を包まれた魔族にとって、その身がすでに武器なのだ。
「っ……」
互いの攻撃を打ち込み、弾き、弾かれる。拮抗したこの状況に、ガラドは盛大に舌打ちをした。
影から現れた魔族は、影本体と同等の力を持っている。ゆえに、この影魔族はガラドと同等の力を持っているということになる。
そう……『勇者』として完成された力を持つ、男の力を。
「……っ!」
ギンッ、と刃がぶつかり、ガラドは自ら後ろに飛んで距離を取る。多少の息切れがあるガラドと違って、魔族にその様子は見られない。
もう、どれほど打ち合っているだろう……周囲も混乱状態だ、こんなことをしている場合ではないのに。さっさと目の前の敵を倒し、人々を助けなければ。
……ガラドはすでに"成熟しきった"強さを持っている。安定力、と言ってもいいだろう。その強さは、他に類を見ないほどの完成品。
……だからこそ、この場においてはそれが仇となる。
「ふぅ……」
深く、深呼吸をする。この状況、続けていれば自分に不利になるのは、ガラド自身わかっている。強さが同じであれば、体力が尽きたほうが……すなわち自分が不利になる。
安定した強さ……それは、普通の戦いであれば、それだけで武器となる。安定力は、なにを置いても求められるものだ。
安定力……それはつまり、急激なパワーアップ方法のあるノアリやミライヤと違うということ。一瞬のうちに強くなる方法など、ない。
裏を返せばそれは……
「くっ……!」
迫る影魔族の攻撃を、弾く。重い一撃を、受け止めるでなく受け流す。
もしもガラドが、ノアリやミライヤのように若ければ……あるいはなにか特別な力でも眠っていれば。覚醒した力で、上昇した力で、影魔族を一閃できる。
……ガラドはすでに、成熟した強さを持っている。
「っ!」
影魔族の猛攻を、かわす、かわす、かわす……
ガラドには、影魔族を一蹴する術がない。完成された強さを持つからこそ、この場においてそれは大きなディスアドバンテージとなる。
影魔族を相手取ることに関しては、ガラドよりも未熟だからこそ、ノアリやミライヤのほうが向いていた。
「く、おぉ!」
ここに、影魔族が現れたということは……あの白銀の魔族が、再びこの国に現れた可能性が高い。こうしているうちにも、なにかとんでもない事態が動いている気がして。
周囲では人々が襲われ、自分は足止めをされ。こうして、やられないようにするのが、精一杯だ。
……そもそもの話。なぜ、再び魔族が目の前に、現れたのか。魔族は、間違いなくあのとき……
「っ、そこ!」
影魔族の密かな隙を見つけ、ガラドはそこを突く。本来であれば、それは防がれることのない一撃……いくらガラドの強さを模倣していても、ガラドの持つ経験値まで模倣されたわけではない。
しかし、影魔族はいとも簡単に、ガラドの一撃を防いだ。
「ちっ……こいつ、成長している……!?」
戦いのうちに、湧き上がってきていた疑念。それが、形を持って正解を表す。
影の本体と同等の力を持つ影魔族……それは、この戦いの中で、成長していた。本体の技能を、技量を、経験値を……急激に、学習している。
これまでガラドが戦った、どの魔族よりもおそらく厄介だ。
「っ……お前たちは、なんなんだ!」
決して返ってくることのない答え……ガラドは、ただ吐き出すように投げつけた。
魔族は、あのとき……魔王を打ち倒し、その全てが完全に消滅したはずだ。魔王を殺し……そして、仲間だった男をも殺して。
魔族が消滅したのは、確認した。なのに……10年前の『呪病』事件では、なぜか国内に魔族が潜んでいた。そして今、こうして魔族と対峙している。
しかも、影から魔族を出現させる……なんて、見たこともない能力を持って。
「……!」
「く、ぁ……!」
だんだん、動きもガラドのものに似てきた影魔族。自分自身と対峙している感覚に陥るガラドは、その迫力に一瞬だけ怯んでしまい……
……得物を、弾き飛ばされた。
「しまっ……がぁ!」
空中を舞う剣に気を取られ、腹部を蹴られたことに遅れて気づく。軽く吹き飛ばされ、尻もちをついてしまう。
敵の前で、なんたる失態……すぐに立ち上がろうとするガラドの喉元に、切っ先が突きつけられた。それは、ガラドの剣……手放してしまったそれを、魔族がキャッチし、己の得物としてガラドに向けている。
もはや丸腰のガラドに……抵抗する手段など、なかった。
「……っ!」
だから、せめてもの抵抗だろうか……影魔族を、キッと睨みつけた。そんなこと、意味もないだろうに。
そのとおりに、影魔族は腕を動かした。剣の切っ先が、ガラドの喉元を突き刺して……
…………その直前に、影魔族の姿が、消滅した。
「……は?」
呆気にとられた声……見間違いかと、錯覚してしまう。しかし、同じ現象は周囲でも起こっている。
あれだけの、影魔族が……全て、一斉に消滅したのだ。
「これ、は……?」
思い当たる、ひとつの原因に、思考を巡らせながら……ガラドはそっと、ため息を漏らした。




