その怒りは燃えるように
「あぁあああ!」
憎悪の込められた叫び声。繰り出された矢は、魔族に突き刺さるよりも先に、魔族が漆黒の剣で防ぐ。
いかに感情が高ぶっているとはいえ、武器としているのはただの矢。簡単に、折られてしまう。
それに、あれが魔族の体を刺していたところで、効果があったのかはわからない。ヤネッサはそれさえもわからないほどに激昂しているのか……
怒りに身を任せ、なんでもいいから相手に攻撃を浴びせようとしている。
「おっ、とと」
「くっ」
そのまま、魔族に組み付こうとするヤネッサだったが、魔族に振り払われてしまう。ヤネッサは、振り払われても空中で体勢を立て直し、地面に着地する。
しかし、そこで一旦距離を取るのではなく、再び魔族へと接近するために姿勢を低くして……
「ヤネッサ!」
このままでは、魔族にやられてしまう。そう思った俺は、ヤネッサを止めに入る。運良く近くに着地してくれたため、駆け寄る。
今までどこにいたかもわからなかったヤネッサと、再会できた……その嬉しさから、つい状況も忘れて、声が高ぶってしまったが……
「? ヤネッサ……? おい、ヤネッサ!」
「! ……ヤー、ク……?」
呼びかけても、反応がない。あのヤネッサが、俺に無反応とは……いつもなら、ヤネッサの方から俺に向かってくるのに。
俺は何度か呼びかける。すると、ようやく俺に気づいたようで、何度か目をパチパチと瞬かせ、俺の名を口にした。
「え……ヤーク、どうして、ここに」
俺がここにいることが、不思議なようだ。
……ヤネッサのやつ。理由はわからないが憎悪に呑まれていたせいで、俺がこんな近くにいたことを認識できていなかったのか?
「どうしてって、ヤネッサこそ。俺はてっきり……」
捕まっている人たちの中に、エルフ族はほとんどいなかった。それと、ヤネッサがここにいること……無関係とは、思えない。
ヤネッサは、じっと魔族への警戒は怠らないまま……ゆっくり、立ち上がる。
「私は、ちょっと前から故郷に……ルオールの森林に、帰ってたの」
「エルフ族の森に?」
そう言われれば、ここ数日はヤネッサの姿を見ていなかった。俺は基本的に学園にいるし、町中でたまたま会うかどちらかから会いに行かない限り、連絡手段もないわけだが。
別に、里帰りにどうこう言うつもりはない。そのタイミングだって、ヤネッサが決めたものをわざわざ聞き出すほどのことでもないし。
ただ……どうしてか。ヤネッサが居ないタイミングと、魔族が攻めてきたタイミング同じなのが……偶然とは、思えなかった。
「うん、呼ばれたんだ、村長……ジャネビア様に」
「ジャネビアさんに?」
ジャネビアさん……アンジーの祖父だ。竜族とも親しくした経験があり、俺もお世話になった。
そのジャネビアさんに、呼ばれた? 孫のアンジーじゃなく、ヤネッサが?
「でも、呼ばれたってどうやって」
「この数年で、エルフ族のみんなが外との連絡手段を得るための方法として、使い魔を召喚することに成功したんだよ。で、その使い魔に呼ばれて……ただ、そんなことはどうでもいいんだよ」
「ぉ……」
俺の知らない間に、エルフ族の方も進歩しているらしい……そう、感心していたのだが。ヤネッサの体から、殺気があふれ出す。
これまで抑えていたのか。話をしていく中で、なにか嫌なことを思い出したのか。
あのヤネッサから、感じたことのない感情だ。
「ヤネッサ……じゃあ、単刀直入に聞くけど。……あの魔族と、なにがあった?」
結局のところ、そこだ。今の話の流れから、ルオールの森林に帰り、そこでなにかがあったことは間違いないだろう。それに、あの魔族が関わっていることも。
俺は、ヤネッサからその理由を聞きだして……
「……森が……燃やされた……!」
「!」
「みんな……みんな、死んじゃった……!」
……俺は、その言葉に絶句した。
「なん……は……?」
うまく言葉が、出てこない。これが、なにかの冗談や、嘘ならそれだけ良かったことか。
だが……魔族を睨みつけ、歯を食いしばりながら涙を流すヤネッサの姿は、ただ真実だけを示していた。
「ははははっ」
「!」
この場に似つかわしくない、笑い声……その主は、今まで話を黙って聞いていた魔族だ。
ヤネッサがその姿を見張っていた。とはいえ、なんの動きも見せなかったのは……余裕か、それともわざとヤネッサに喋らせたのか、という印象が強かった。
「なにが、おかしい!」
「はは、いやいや失敬。しかし……あの時、森ごとエルフ族は燃やし尽くしてしまったかと思っていましたが……まさか、生き残りがいるとは。自分の不甲斐なさに、思わず笑いを抑えきれず……」
「お前ぇえええ!!」
魔族が喋りきるよりも前に、ヤネッサが動く。矢を3本取り出し、それをぶん投げる。片腕がなくなったヤネッサは、もう以前のように矢を射ることはできない……さっきも、同じ方法で矢を放ったのか。
3つの矢は、狙い違うことはなく魔族へと向かっていく。ぶん投げるだけでこの勢い、いったいどれだけ訓練したのか。
しかし、矢が届くより先に、漆黒の剣で振り払われてしまう。
「ヤネッサ落ち着いて! それじゃあいつには……」
「落ち着けるわけないでしょ!!」
その、怒りとも悲しみともわからない叫びに……思わず、押し黙ってしまう。ヤネッサが、こうまで感情を露に……
いやでも、そもそもおかしいだろう。いくらあの大きな森を燃やし尽くす火事だからって、あそこにはたくさんのエルフ族がいるんだぞ。魔法で、水を出せば火事なんて広がらない。
森を覆うほどに火が燃え広がる前に、誰かが気づくはずだ。
「あぁ、それは無理ですよ」
「!」
まるで、俺の心を読んだかのような……魔族の言葉が、俺に向けられる。
「森にも、この国にかけたのと同じ結界を張ってありましたので」
「同じ結界……って……」
ルオールの森にかけられた、同じ結界……それを聞いて、俺は背筋が凍る勢いで寒気を感じた。
この国にかけられたのは、"魔族を除いて、魔力が使えなくなる"結界。さらに、魔力の保有量が多いほどに、エルフ族は動くことさえままならなくなる。
まさか……
「エルフ族は、魔力を封じられて……?」
「えぇ。魔力の使えないエルフ族など、ただ耳の長い人間と同じです。我々魔族のように強靭な肉体でもあれば、あるいは助かったかもしれませんが」
「っ!」
こいつは……力の使えなくなり、動けなくなったエルフ族を、森ごと焼いたっていうのか!?
抵抗も出来ずに、燃えていく仲間たち……それを、ヤネッサは助けることもできずに……それは、許しがたい。俺も、怒りでどうにかなりそうだ。
それも構わずに、魔族はまたも笑い出す。
「生き残ったのはあなただけですか? それともまだ他に? まあ、大部分が死んだのは間違いないでしょうね……どうでした? 燃える森の中、助けを求める悲鳴を聞きながらなにもできなかった気持ちは……」
「黙れぇええええ!!」
「ヤネッサ!」
ヤネッサに俺の声は、届かない。歯をむき出しに、魔族へと突撃する。
怒りに身を任せた拳は、しかし魔族に簡単に受け止められて……
「ぐぅ、ぅうう!」
「猪突猛進、というやつですか。威勢は結構、ですが……」
「おいお前、やめっ……」
ザクッ……!
「っは……」
……ヤネッサの背中からは、血に染まった漆黒の剣が、その刃を覗かせていた。
「ぉ……」
「あの場を生き残り、私を追いかけ……その上、結界の中でもこれだけ動けるとは。怒りが体の脱力感を凌駕したのか……なんにせよ、感服しますよ。ですが……」
漆黒の剣は、ヤネッサの体を串刺しにして……
「エルフ族は、もういらないんですよ」
魔族はヤネッサの体を蹴り飛ばし……突き刺さっていた漆黒の剣を、強引に引き抜いた。
……血が、あふれ出していく。




