ヤークワードvsノアリ
ノアリから向けられる視線……そして、ピリピリとした鋭い雰囲気。
それは、まさしく敵意……そして、殺意。
まさか、ノアリからそんな感情を向けられるとは、思っていなかったな。
「とは言っても、自我をなくしているみたいだが……」
「グルルル……!」
まるで獣だ。威嚇するように、俺を見ている。
「!」
おかしいな……相手はノアリなのに、足が震えてやがる。これは武者震いか、それとも……
ノアリは単純に、強い。だが今感じているのは、それだけではない……このままでは危険だと、俺の中のなにかが叫んでいる。
「ヤーク!」
「ガ……父上は、倒れている人たちを見ていてください。ここは、俺が」
「……大丈夫なのか?」
本当は、俺も倒れている人たちの安否を確認したい。
母上、ミーロや……ここにノアリもいたのなら、ミライヤたちだっている可能性は高いのだ。
「ノアリは、俺が止める……!」
だが、ここでノアリを止めなければ……ノアリが、なにをするかわからない。魔族と渡り合う力、それを制御できていないのだ。
単純に抑え込むだけなら、ガラドに任せた方がいいのかもしれない。が……
ノアリは、俺が、止めなければいけない。そんな気が、している。
「……わかった、気を付けろよ!」
それを最後に、ガラドは学園へと駆けていく。その姿を、ノアリは目で追い……
飛びかかるように、踏み出す……
「お、らぁ!」
「!」
ガギンッ……!
それがわかっていたから、俺はノアリが動き出すよりも先に、彼女に飛びかかった。
振り抜いた剣は、朱色の鱗に覆われた腕に、受け止められる。
「くっ……かてぇ……!」
ノアリを傷付けるつもりはない。が、さっき魔族と戦っている時……あの漆黒の剣と、腕とで斬り結んでいた。
だから、この腕には剣と同等以上の力があると思っていたが……やはり、な。
問題は、どうしてこんな現象が起こっているかだが。
「グ、ァアアアア!」
「! 考える暇も、ないか!」
剣を受け止めたまま、逆の腕を俺に振るう。咄嗟に身を引き回避し、しかし距離は取らずに今度は横薙ぎに剣を振るう。
それは、今度は防御されることなく、わき腹へと直撃する。
「しまっ……」
思わず、力が入ってしまった。峰でもなく、刃で無防備なわき腹を……!
そこに刃が深く突き刺されば、致命傷は避けられない……俺は、それを危惧したのだが……
「や、いばが……」
通らない……まるで鉄にぶつかったかのように、剣は途中で止まってしまっている。
腕だけでなく、体までこんなに……
「ガゥア!」
「ぐっ……」
驚愕に動きを止めてしまった一瞬の隙を突かれ、俺はノアリに顔面を掴まれ……抵抗する間もなく、その場に持ち上げられる。
「む、うぅ!」
なんだ、この力……! それに、なんて握力だ……!
このまま、顔が潰され……
「ググ……ルァアア!」
「んっ……ぐっ!」
しかし、顔は握り潰されなかった。
代わりに……顔ごと、振り回され……頭から、地面に打ち付けられた。
予想を超える痛みが、頭から全身に走る。
「ぅ……あぁああああぁあ!?」
「アハハァ……!」
解放された俺は、その場にうずくまり、頭を押さえて転がる。痛みを、どこかに逃がそうとしているように。
その様子を見て、ノアリは……笑っている?
やっぱり、これはノアリじゃ……ない……
「!」
ドンッ……!
ノアリを見上げた瞬間、足を振り下ろすのが見えた。考えるより先に体が反応し、その場から転がるように逃げ出す。
地面に落とされた足は、地面をへこませるほどの威力を持っていた。
「あんなの、顔がつぶれるじゃ、すまないぞ……」
頭は痛むが、もはやそれに気を取られている場合ではない。なんとか、距離を取ることに成功する。
さらなる痛みにより上書きされたためだろうか……骨が砕けていた片手の痛みが、今は気にならない。
「ノアリ……」
これはもう、ノアリの体を気遣うとか、そんな余裕も持てそうにない。
俺が、殺されてしまう前に……ノアリを、なんとか正気に……
「グァア!」
「!?」
ノアリが、吠える……すると、目を疑う光景が映った。
ノアリの、背中から……朱色の、翼が、生えたのだ。あり得ない……人間族には、あり得ないものだ。
「どうなってんだ……!」
朱色の鱗、頑丈な体、そして大きな翼……
おまけに、目は鋭く光り、牙や爪まで伸びている。完全に、ノアリの体は、異変をきたしている。
「あれじゃあ、まるで……」
「ガゥルルァ!」
「!」
翼を使っているからだろうか、ノアリは助走なしに、その場から俺への距離を詰める。速い……ほぼ反射神経で、なんとか対応できるのが不思議なくらいだ!
今のノアリには、体当たりされただけでもこちらの体が壊れてしまいかねない。だからなんとか体を捻って避けるが、完全に避けるには至らなかった。
右半身が、やられた……! かすっただけで、この威力かよ!
「ぜぁああ!」
せめて機動力を奪う……そう考え、過ぎ去る翼に剣を振り下ろすが、翼も固い。弾かれてしまう。
そして、見えてしまった……過ぎ去る瞬間に、ノアリの尻辺りから伸びた……尻尾が。
「っ……竜、族……!?」
もはや、そう考えないのが難しいほどに……ノアリの体は、変貌していた。