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呑まれる焦りと怒りと……そして



 ノアリは、再び剣を構える。



「あんた……なんで、こんなことしてんのよ」


「ん? こんなこと、とは?」


「あんたくらいの力があれば、わざわざ人を支配しなくたって……自分の力で、魔族をまとめ上げることだってできるじゃない! 魔族の国とか、そういうの好きに作ればいいじゃない!」



 あの魔族の力を、直に感じたからこそ、ノアリは疑問を浮かべる。実際、あの魔族の力があれば魔族だけの国を作ることだってできるだろう。


 もちろん、そんなものを作られた上で人間の国に戦争でも仕掛けられたらどうしようもないが……


 少なくとも、わざわざ俺たちの国を奪い取る必要なんてないだろうと、そう思ったのだろう。だが、ノアリはあの魔族の目的を知らない。


 世界征服という、目的を。



「魔族の国、ですか……なるほど、そういうのもありかもしれませんね」


「……」


「まあ、だからといって今更、我々が引く道理がありませんが」



 ノアリの言葉を受けても、魔族はここから去るつもりはない。



「それに……こうして会話で時間を繋ぎ、私を倒す策を考えているようですが……そんなもの、無駄ですよ」


「! この……」



 図星を突かれたと言わんばかりに、ノアリの表情が硬くなる。


 このままでは、勝てない。一打逆転の手がないかと、ノアリは考えているのだ。



「しかし、おかしいですね……私の予想では、あなた、もう少し強いと思っていたんですが」


「なっ……とことん、人を煽るのが、好きな奴ね!」



 魔族の言葉を受け、ノアリはその場で踏み込み、走り出す。今度は、一直線にではなく左右へと回り込み、狙いをわからせない動きだ。


 魔族の視界の外に素早く回り込み、一気に加速。背中から首を狙い、剣を薙ぎ……



「……見えずとも、その剣のリーチ内に警戒しておけば。対処は難しくありませんよ」



 その剣は届く前に、魔族の角に受け止められた。ただ、少し首を動かしただけで、見えていないはずの剣を受け止めたのだ。



「やれやれ……この剣を使っても、この程度ですか」


「きゃっ?」



 刀身を握り、振り払われる。凄まじい力だったのか、ノアリの方が剣を手放して吹っ飛ばされてしまった。


 魔族は、剣を握り締める。



「くっ……」


「角も折れないような力では、私は倒せませんよ」


「!」



 いつの間にか、魔族はノアリの眼前に移動していた。そして、剣を振り上げる。


 その動きに、一切の躊躇はない。



「ですが、ひとりで挑んできた気概は、尊敬すべき点です。なので、命までは奪いませんよ」



 ……漆黒の剣が、振り下ろされた。狙う先は、ノアリの右肩。命を奪わなくても、四肢は違う。


 ノアリの、右腕が斬り落とされる……そんな未来が、訪れる。


 ……はずだった。



「ぃっ……!」


「……ん?」



 ノアリの右腕は、無事だ。だが、おかしい……剣が、ノアリの右肩に触れた時点で、動きが止まっているのだ。


 ノアリは目をつぶり、歯を食いしばっている。しかし、予想以上の痛みが来なかったことに、恐る恐る目を開けていく。


 対する魔族は、驚いている……ように、見える。魔族の意思で剣を止めたのではない。むしろ、肩から先を、斬り落とせなくて困惑しているような……?



「はて……人の腕くらいなら、斬り落とせる力のはずなんですが」



 ノアリの右腕を斬り落とせなかったことに、魔族は困惑の声を上げた。それは、どういう意味なのか。


 ……そういえば、セイメイと戦った時……深手を負ってもおかしくない攻撃を受けても、ノアリはわりとぴんぴんしていた。それと、関係しているのか?


 ノアリの体は、異様に頑丈、なのか?



「た、ぁあああ!」


「お……」



 そこに生じた、確かな隙……ノアリは、魔族に飛びつく。お腹辺りに手を回し、タックルをした形だ。


 体勢を崩された魔族は、後ろ向きに倒れる。しがみつくノアリは、もがく魔族を離さない。



「ノアリ……!」


「ヤーク、落ち着け……」


「わかってる……!」



 ここで俺たちが出ていけば、捕まっている人たちが人質にされてしまう。そうなれば、状況は一気に絶望的だ。


 今は、魔族の戯れかノアリひとりだけ、行動の自由が許されている。ノアリなら、なにをしても手は出されない……が……



「やれやれ、しがみついてもなにも、変わりませんよ」



 魔族は、漆黒の剣を天に掲げ……切っ先を、ノアリの背中へと向けた。



「力が足りないというのであれば、加えればいいだけのこと……!」


「……っ、ぐ、ぅ……」


「あ……っ!」



 振り下ろされた漆黒の剣は、ノアリの背中に今度こそ突き刺さる。俺には、見えた……見えて、しまった。ノアリの、苦しそうな顔が。


 しかも、それだけではない。突き刺さった剣を抜き、魔族は再び突き刺す。ノアリの背中に、何度も、何度も。


 それは、致命傷とは言えないダメージかもしれない。だが、そんな理屈ではない。それに……



「んくっ……んぅ……!」



 剣が突き刺さる度、叫びたくなるほどの激痛が走っているであろうノアリは、しかし声を押し殺す。歯を食いしばり、まるで周囲を不安にさせないかのように。


 目に涙を溜め、痛みに耐えている……そんな姿を見て、ここでまだじっとしていろだと?


 ……そんなこと、できるか!



「おい、待てヤーク!」



 しかし、俺が飛び出そうとしたのを察したのか、ガラドは俺の腕を掴んだ。



「見ていられないのは、わかる。だが、ノアリちゃんは殺されるわけじゃない……ここで飛び出したとして、それこそノアリちゃんを人質に取られてみろ。お前は無抵抗で捕まる気か!」


「じゃあ、ノアリが痛めつけられているのを黙って見てろってのか!」



 俺を止めるガラドの手が、言葉が、これほどまでうっとうしいと感じたことはないかもしれない。


 死ななければ、いいとでもいうのか。いや、そういえばお前はそういう奴だよな。一緒に旅をしてきた仲間だって、自分の欲のためなら簡単に殺す……



「お前は冷静さを欠いている、一旦冷静に……」


「うるせえ! そもそも、ここで見ていること自体間違いだったんだ!」



 そうだ、わざわざ隠れるように、様子を伺って……人質が取られるというのも、ただ安全策を取ろうと具体策を出すのを後回しにしていただけじゃないか。


 で、知らない人間の身の安全を考えている間に、ノアリが痛みに苦しむ結果になっている……こんなの、認められるか。


 止められようと、俺は行く。いっそのこと、こいつをここで殺して……



「ぅ……あぁ、あァああアあぁアあアぁああぁあアぁァ!!!」


「!?」



 腰の剣に、手を伸ばしかけた瞬間だ……まるで、耳の側で叫ばれているかと錯覚するほどの、声が聞こえた。


 頭にのぼった血が一気に引き、強張っていた緊張感が解かれる。その場に、足ごと地面に縫い付けられているような感覚……動けない。


 なんとか、首だけは動く。この、頭の中にまで響く声は……



「……ノアリ?」



 魔族にしがみつき、ただ無慈悲に刺されている、ノアリだった。


 痛みや苦しみから出る、叫び声とは違う……まるで、獣の雄叫びのような声が、辺り一帯に響いた。

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