情報交換
「さあ、あの2人を捕まえてください」
その言葉を皮切りに、周囲の魔族は一斉に襲ってくる。やはり、あの魔族がこいつらのボスのようなものなのか。
この数相手にするのは骨が折れるが、やってやる。ガラドは……気にしなくてもいいな。
片手は使えないが、それでも……
「ふっ、ん!」
剣を薙ぎ払い、魔族を遠ざける。なにも、勝つ必要はない。逃げる隙さえできれば。
魔族は、あくまでも俺たちを捕まえるつもりだ。あまり、派手には襲ってこないはず……
「って、うぉお!?」
しかし、魔族はお構いなしに剣を振るい、攻め立ててくる。なんとか避けるが……
こいつら、遠慮ってもんを知らないのか。
「即死でなければ、いかようにも治せます。油断はしない方が、よろしいかと」
まるで俺の疑問に答えるかのように、見守る魔族が言う。
そうか、魔族は魔法を使える……それを考えれば、怪我をさせようがさせまいが、死なない限りどうとでも治せるってことか。
嫌な話だ!
「それに……ひとりくらい、その首を持ち帰った方が、未だ反抗の意思を見せる人間に、いい見せしめになるかもしれませんし」
「!」
さらに魔族は、背筋が寒くなるようなことを言う。
俺か、ガラド……最悪どちらかは殺しても、それを有効活用するつもりか!
しかも、ガラドは『勇者』として言うまでもないが、俺も『魔導書』事件の件で名前が広がっているらしいし。人々に、少なくない動揺を与えることは間違いない。
見せしめ……そのために、誰かを殺すかもしれないのか、この魔族は。もしかしたら、アンジーや先生が……
「ヤーク、耳を貸すな! 隙を見せるな!」
「!」
その声に、弾かれるように反応する。背後にいた魔族を、振り向きざまに斬り伏せる。
やはり、あの魔族と比べれば、周囲の魔族はたいしたことはない。この剣でも普通に斬れるし、厄介なのは数くらいだ。
ふとガラドに視線を向けると、すでに周りには何体も魔族が倒れていた。悔しいが、さすがだ。
「ヤーク、かがめ!」
「なにを……っ」
ガラドは一瞬の警告の後、剣を構え先ほどの魔族と同じように、思い切り振り抜く。
剣圧が周囲の魔族を吹っ飛ばし、突風が吹き荒れる。こんな芸当もできるのかよ、あいつ……!
「行くぞ、ヤーク!」
「……えぇ」
悔しさを感じるが、今はあの男の息子として演じなければ。俺は、倒れた魔族たちを無視し、ガラドと共に走る。
行き先を、剣圧を逃れた魔族たちが塞いでくるが……そんなもので、俺たちは止まらない。
「うぉおおおおお!」
「どけぇええええ!」
魔族を薙ぎ払い……ふと、背後を見た。
……例の魔族は、微動だにしていなかった。
「追いかけても、こない……?」
ただ、突っ立ったままだ。俺とガラドを捕らえるように命令したのに、俺たちが逃げるのを自分は止めないのか?
……だが、それならそれで好都合だ。
「ふん……ぬぅ!」
魔族たちは追いかけてくる。その追撃をかわすために、俺たちは細い路地裏に入り……ガラドは近くの建物の壁をぶっ壊し、背後の進路を塞ぐ。
瓦礫の山により、魔族の追撃を逃れる。一本道で、背後の道が絶たれれば追いかけてはこれまい。
だが……
「あとで怒られても、知りませんよ」
「緊急事態だ。その時はお前も一緒に謝ってくれよ」
「嫌です」
建物……もしかしたら家かもしれない場所を、ぶっ壊したのだ。あとで文句を言われても、俺は知らないぞ。
こんな状況だから建物の中には人はいないだろうってのは、皮肉なもんだな。
「ふぅ……ここまで来れば、大丈夫か」
その後も走り続け、道という道を曲がり……目の前は行き止まり。後ろからは誰も追いかけてこない。
ようやく、一息つける。
「はぁ……しかし、これから、どうするんです」
適当に腰を落ち着け、今後の方針を話し合う。現状、動けるのは俺たちだけなのだろうと思う。
逃げている最中も、他に人を見かけなかった。おそらく、どこか一か所に捕まっているのだろう。
「……ひとまず、現状を整理しよう。俺たちも、これじゃ満足に動けない」
そう言って、ガラドはすでにボロボロになった両手を見せる。これで、よくも魔族と戦えたものだ。
俺も、片手は使えないままだ。こいつを、せめてなんとかしなければ。
「こんなとき、魔法で治してもらえばちょちょいなんだがな。……改めて、アンジーのありがたさを感じるよ」
「……治すと言えば、母上はどうしたんです?」
魔法、いや魔力が使えない……これまでは、ささいな怪我でも過保護なアンジーが治してくれていた。
それに、甘え過ぎていたのだろう。まさか、そのツケをこんな形で払うことになるとは、思わなかったがな。
「それも含め、現状を整理しておく必要がある。まずは情報交換」
俺とガラド、互いの持っている情報を、交換する。
俺は、いきなり目の前に魔族が現れたこと。この国を2分で制圧すると発言し、実際その通りになったこと。結界によりエルフは魔力を封じられたこと。行動を共にしていたアンジー、助けに来てくれた先生が歯が立たなかったこと。あのたくさんの魔族は人の影に潜んでいたこと。
そして、俺の目の前に現れた魔族こそが、ボスのような存在だろうと話した。
「あぁ、あいつが一番強いし、司令官のようでもある。俺も同感だ」
ガラドも、俺の意見には同意した。
「それにしても、国を制圧か……だからいきなり、魔族が大量に現れたのか」
「……」
「じゃ、次は俺が話す番だな」
俺が見たことを話し……次は、ガラドの番だ。
俺の見ていないところで、なにが起こったのか。そして、姿の見えない母上……ミーロの行方は。