やるべきこと、倒すべき相手
……突然目の前に現れた魔族は、ゲルド王国への宣戦布告を口にし。さらにはその後世界征服なる目的を掲げて、行動を起こした。
体にのしかかる、重々しい空気。国中に張られた結界とやらの影響で、エルフ族は魔法を使えず、魔力の高いアンジーは動くことさえもままならない。
俺も、転生魔術の影響で魔力の痕跡が残っているためか、万全の状態、とはいかない有様だ。
「無理に動かないほうがいいですよ、お嬢さん。それにあなたも……」
「この国を制圧するってのを、黙って見てろってか」
こいつは、言った……2分で、この国を制圧すると。まさかそんなこと、と思わないでもないが、現にこうして結界の影響で国中のエルフには影響が出ている。
アンジー以外にも……ヤネッサや、学園の教師。それに、目に見える範囲でも、何人か倒れている者がいる。
魔力が高い者ほど体にかかる負荷が大きい……奴はそう言った。だが、エルフ族は体内に魔力を保有している以上、ほとんどの者は動くのもつらいはず。
「私は忠告しただけです、おとなしくしておいたほうがいいと。それでも、あなたが動くというのなら、止めはしません。しかし、いったいどうするのです」
「どうする? そんなの決まってる」
俺も多少結界の影響を受けてはいるが、アンジーほどではない。
俺がやるべきことは、ひとつだ……!
「お前を、倒せばこの結界も解けるだろ。アンジーは、休んでて」
「しかし、ヤーク、様……」
「なるほど。しかし、私は言いましたね……我々にとっての脅威は、エルフ族のみだと」
「キャー!」
「!?」
次の瞬間、周囲の騒ぎ声が、いっそう大きくなった。つい、そちらに視線を向けると……驚くべき光景が、広がっていた。
魔族だ……魔族が、現れたのだ。
まるで、地面から生えてきたかのように……いや、実際にそうだ。地面から出てきている。それも、何体、何十体も。
不気味なのは、そのどれもが、目の前の魔族と同じ姿をしているということ。いや、目の前の魔族が全体的に白銀色なのに対し、周囲の魔族は少し黒ずんでいる。
「いったい、どこから……」
「我々、って、こういうことか!」
「えぇ。それに、いくら私でもたったの2分で、一国を落とすことは叶いませんから」
なんとも、余裕そうな口振りだ。本当はできるが、ただやらないだけ……そう言っているようにも、聞こえる。
現にこいつは、先ほどの宣言から一歩も動いていない。
「きた、ねえな……宣戦布告って言っときながら、すでにばっちり戦争の準備してたとか。あんなに、部下を待機させて」
「心外ですね。あなたが力を示せというから、わかりやすく示したまで。それに、宣戦布告をした以上、すぐにでも戦争を始める意志があるのは、当然のこと」
もしかしたら、今回俺たちに見つかったのは、たまたま……いや、わざとだったのかもしれない。そうでなければ、これだけの魔族、誰にも気づかれず奇襲させることだってできただろう。
それにしても、どんだけいやがる!
「それと、言っておきますが、彼らは別に待機させていたわけではありません」
「?」
「私の声に賛同し、現れてくれただけのこと。それだけです」
「……そうかい」
その言葉の真偽はともかくとして。本当だとしたら、魔族たちは別の場所から現れた……要は、瞬間移動みたいなものか?
……いや、今は魔族がどっから現れたとか、どうでもいい!
「止めないと……!」
「おや。私を倒して結界を解くのでは、なかったのですか?」
「!」
くそっ……俺ひとりじゃ、周囲で魔族たちに襲われている人たちを全員助けるのは、無理だ。
いや、周囲だけじゃない……おそらく、国中で同じことが起こっている。この国には多くの実力者がいるとはいえ、ほとんどは魔族と戦ったこともないはずだ。
そうでなくても、戦えない一般人は多い。
「なら、お前を速攻で倒すだけだ!」
「いい気概ですね。ただ……」
おそらくはこいつが魔族側のボス。あるいは指揮官のような男だ。こいつを倒せば、周りの魔族たちも混乱し、隙ができるはず。
狙うべき相手を定め、腰の剣に手を伸ばす。そして、握りの部分を握り、一気に引き抜こうとするが……
「……!?」
「エルフ族が消えれば、後は人間族のみ。この国の人間族は、どうやら剣を使い戦う傾向にあるようです。つまり剣士だ」
「なっ、お前……!」
「……剣を得物に戦う剣士。ならば、まず剣を抜かせなければいい。得物さえなければ、なにもできないでしょう」
なんてことだ……剣の柄頭の部分を、押さえ込まれた……!?
しかも、いつの間にか一瞬で目の前まで来られて……片手で……! こいつ、なんて力だ!
「ちく、しょう……!」
剣が、抜けない……! 情けない……これまで、あらゆる状況を想定して剣を握ってきたつもりが。そもそも、剣自体を抜けないなんて……!
「だったら……!」
剣を抜けないのなら、仕方ない。俺は剣を抜くのを諦め、逆の手で拳を握る。それを、魔族の顔面へとおみまいしてやる。
剣を使わなくても、戦える方法ならある。剣を抜けないのは予想外だったが、これなら……
「……悲しい。実に悲しいことです」
「……効いて、ない?」
バカな……こいつは防御もせず、まともに拳をくらったんだぞ。倒せないまでも、少しくらいダメージがあっても……
魔族は、俺の拳を受けたまま、俺の手首を、握りしめる。
「っ!?」
「剣がなくとも、戦える人間はいる。剣士でも、剣がなくとも、それで無力化できるわけではない。わかっています……ですが、甘い」
「いっ……!」
手首が、握りしめられる。まるで、そのまま骨まで砕いてしまわないかという力で。
「あなた方が、素手で戦えるようにどれだけ鍛えようと。どれだけ高みを目指そうと……人間の体には、限界がある。我々とは、体の出来が違う」
「で、き……?」
「そう。人間が、血の滲むような努力をして、ようやく到達する境地に……我々魔族は、生まれたときから立っている」
ボキッ……!
「ぐぁっ、あぁああ!?」
「ほぉ、なかなかいい声で鳴きますね。なら、もう一本いっておきますか……」
ガンッ……!
俺の、逆の手首をも砕こうと魔族は手を伸ばしてくる……しかし、その手が俺に届くことはなかった。
なにかが、魔族の頭を狙った。それは、魔族の頭を直撃する……ことはなく、魔族の腕によって防がれた。
「ヤ、ーク様から……はなれ、なさい……!」
魔族の腕に直撃したのは……脚だった。誰かの、脚……いや、誰かのなんて言い方はよくない。
視線を移せば、そこには……アンジーが、立っていた。先ほどまで膝をつくほどに苦しんでいアンジーが、魔族に、防がれこそしたが蹴りを放っていた。