最後まで信じること
「…………」
チチチ……と、鳥が鳴いている。青かった空はすでにオレンジ色になり、辺りは暗くなりつつある。
そんな中で、俺は一人、歩いていた。今俺の頭の中は、ぐちゃぐちゃでごちゃごちゃであった。
昼休憩時、リーダ様に会いに行った俺は……話を、した。リーダ様と一対一で。その結果、伝えられた情報があまりにも多く大きすぎた。結果、それから放課後を過ぎるまで、ほとんどボーッとしていた。
ノアリとミライヤには先に帰ってもらい、俺はゆっくりと、学園の中庭を歩いていた。暗くなりつつあるとはいえまだ何人か生徒の姿はあったが、俺はそれらには目も向けない。
「……」
俺は、リーダ様に会いに行き、シュベルトの秘密をバラした経緯について、聞いた。結果として、リーダ様はシュベルトを蹴落としてでも国王になりたいということがわかり……国王になった後の目的についても。
さらに、持ち出された1年前の『魔導書』事件。その裏側に、ある人物が関わっている可能性があるという。
リーダ様の目的、シュベルトの現状、『魔導書』事件に関わっていたかもしれないセイメイ……
「あぁっ、くそ!」
だめだ、頭の中がごちゃごちゃする! やや乱暴に頭を掻きむしるが、それでこのごちゃごちゃが消えるはずもない。
ただでさえ、シュベルトの今の状況をどうにかしないといけないというのに……リーダ様のやり方は無茶苦茶だし、セイメイがビライス・ノラムに魔石を渡した人物だっていうし……
それに、リーダ様はセイメイを探していて、そのために今回の件が起こった。いずれ同じことをするつもりだったとはいえ、今回の件にももしかしたら『魔導書』事件にも、シン・セイメイが関わっている……
「どうしたもんか……」
誰かに相談する……といっても、そもそも俺以外にセイメイに会った人いないんだよな。いや、会ってなくても話すことはできるけど……
……エルフのことならば、同じエルフであるアンジーやヤネッサに話を聞ければいいのだが。あと、クロード先生もか……ただ、信用という意味ではアンジーとヤネッサに軍配が上がる。
今度、休日にでも尋ねてみるか。まあ、授業はほとんど自由時間だから、別に明日でもいいんだが……俺としても、整理する時間がほしい。
それに、優先すべきは……
「シュベルト……」
いつの間にか、寮の前についていた。俺は、視線を上げて部屋を見る。そうだ、今優先すべきは、シュベルトのこと。このままでは、いずれシュベルトがどういう扱いを受けることになるか、わからない。
王族ゆえに実害はない、とはいえ、放置はできない。シュベルトにとっては、自身の目的のためにも、なるべくみんなとの溝は浅くしておきたいはずだ。
それに……俺としても、友達がみんなから変な目で見られるというのは、嫌だ。
「……よし」
自分が今どんな顔をしているかわからないが、俺は両頬を叩く。気持ちを落ち着かせ、暗い顔を見せないようにしなければ。とりあえずシュベルトのことは、シュベルト本人と話して考えればいい。
俺は、寮の部屋に戻り……シュベルトは、それを出迎えてくれた。とりあえず、俺はリーダ様に会いに行き、その結果を報告する。
シュベルトにとっては、面白くない話だ。だが、これはシュベルトは知っておかなければならないことだろう。
「……そうか、リーダが」
話をしている最中、シュベルトはなにを言うでもなく、黙って聞いていた。そして、すべてを聞き終え、息を漏らすようにして呟いた。
……あまり、驚きはないように見える。
「驚かないん、ですね?」
「リーダがなにか企んでいるんじゃないか、それは昔から思っていたからな。まさかこんな事態を引き起こすとは、思っていなかったけど」
……ま、そりゃあんな大事になるなんて、思わないよな。
アンジェさんやリエナはもちろん、ノアリにミライヤ、リィはシュベルトのことを思ってくれてはいるが、打開策が浮かばない。発表されたことが真実である以上、あれはリーダ様の間違いだ、という弁明も使えない。
そもそも国民に嘘をついていたことを責められる形になったんだ。それをさらに嘘で固めて、どうする。
「リエナが集めてくれた情報だと、すでにあの話は、国中に広まっているらしい」
「……そう、ですか」
あの放送があったのは、学園の敷地内でだけのこと。その後、教師たちによりこの件に関しては他言無用だと釘を刺されたが……ま、無理な話だよな。人の口を完全に塞ぐなんて出来ないし、そう言う教師の誰かが漏らしたかもしれない。
その情報が広まったことにより、国中が混乱している。特に王族……国王に対する疑問の声が大きい。
普段ならば、位の立場を重んじる貴族であれば、王族にそんな疑念を抱くことすらしない。だが、今回のは国王が国民を騙していたことによる。
一応、王族側としては沈黙を貫いているらしいが……たった1日で、そんな騒ぎになるのか。
「俺は、学園の敷地内から出ない方がいいと、言われたよ」
「……でしょうね」
良くも悪くも、学園の敷地内は自分から外に出ない限りは、外から誰か入ってくることはない。だから、シュベルトが今外に出て国民から変な目を向けられるよりは、騒ぎが収まるまで学園の敷地内にいたほうがいい。
……騒ぎがいつ収まるのかは、わからないが。
「とりあえず、今はこの学園内での身の振り方を考えないと。俺としては、隠れ続けているよりは、今日みたいに少しでも顔を出した方がいいとは思うんです」
「ふむ……」
「この状況で人前に顔を出すのは危険……でも、隠れていては噂に尾ひれがついてよからぬ噂が広がりかねない」
「まずは、学園内のみんなにだけでも、私に対する悪評を和らげてもらおうと?」
「そうです」
この学園内でも逃げ続けるようでは、シュベルトには悪い印象がついて回る。だから、出来るだけ他者との交流を増やした方がいい。たとえ、いい目を向けられなくても。
そういうわけで、シュベルトには以前と同じように過ごしてもらう。元々外にもあまり出ていなかったようだし、まずは学園内だけで信頼を回復させる。
そうすれば、悪評が広まったのと同じように、いい評判も広まるかもしれない。すでにシュベルトの評価は『嘘つき』、『次期国王にふさわしくない』、『みんなを騙して影で笑っていた』というものだ。
もうひとつ。以前と同じように過ごすにあたって、シュベルトから出自の件についての話はしない。シュベルトの方から、「あの件は違うんだ間違いだ」とか「その件についてはすまない」とか言ってしまうと、シュベルトが悪くないのに悪い印象を植え付けかねない。
「ヤーク、私のためにここまでしてくれるなんて……ありがとう」
「なに言ってるんですか、友達でしょう」
「……そうだな。もしヤークが困ったことがあったら、なんでも言ってくれ。力になる」
心強いことを言ってくれる。なんだか嬉しいな。
しかし、困ったことか……実際にはすでにいくつかあるが、シュベルトにこれ以上負担を増やしていいものか。
「……シュベルトは、リーダ様に協力しているエルフは、どんな奴だと思います?」
なので俺は、リーダ様にも関係する人物について言及する。リーダ様が、学園の敷地内において情報を発信した方法。悩みの種であるシン・セイメイ曰く、エルフによる投影魔術だという。
つまり、リーダ様に協力している、エルフがいるということになる。しかも、かなり高度な魔力を使うという。
「普通に考えれば、リーダに恩があり協力しているか……私に、恨みがあるエルフか」
「恨みがあるから、シュベルトを貶めるためリーダ様に協力したと」
「あぁ。……だが、城にもエルフ族はいたが、恨みを持たれるような覚えはない。私の無意識に嫌なことをしてしまった場合もあるが、そうでなければ……」
「……リーダ様に恩がある、か」
協力するということは、恩を返す以外にも、利害の一致や愉快犯の可能性だってある。だが、そんなことを言い出せばきりがないし、この学園内にそんな私心で動くエルフが居るとは思えない。外部からの侵入者の線は、ないだろうし。
……やはり、明日にでもアンジーやヤネッサに話を聞くべきだろうか。エルフのことはエルフのことに。
「その協力者を捕まえれば……捕まえれば、どうなる?」
そこまで考えて、思考が止まる。そうだ、例え協力者を突き止めて、それからどうする。せいぜい、また同じことをさせないようにするくらいだ。
結局、今考えているのは一時しのぎ……犯人捜しをしようが、根本的な解決にはならない。シュベルトの信頼を回復するには、あれこれ考えるより、シュベルトの口から言ってもらうしかない……だが、なにを?
信頼を積み上げるのは難しいが、信頼を失うのは簡単だ。一度失った信頼を取り戻すのはもっと難しい。しかも、今の……いや、元からシュベルトは人付き合いが広い方ではなく、派閥が作られるほどのリーダ様とは人の層が違う。
今の生徒たちに、シュベルトとリーダ様どちらを信じるかと言われれば、リーダ様だろう。人を惹きつけるカリスマ性があり、シュベルトの嘘を暴露した、いわば正義の人なのだから。
「……難しいな」
信頼を回復するためにシュベルトから呼びかけても、誰の心にも響かない可能性が大きい。嘘つきが、今更なにを言っているのだ……と。
それだけ、失った信頼を回復するのは……元に戻すのは、難しい。
……俺だって、ガラドやミーロ、エーネに裏切られ、一時はもうなにも信じられなくなった。それでも、いろんな人と繋がることで、自暴自棄にならずに済んだ。
「……」
今のシュベルトに必要なのは、信頼を回復する方法ではない……きっと、最後まで自分を信じてくれる人だ。その気持ちは、痛いほどわかるから。