リーダの目的
翌日、シュベルトと共に登校する。一応、授業は出なくていいものも多いとはいえ、朝は組の全員が集合して挨拶することになっている。
2人で、食堂へ行くと……予想していた通り、視線を浴びた。それは、ノアリやミライヤ、アンジェさん、リエナと合流しても同じこと。
朝食を終え、教室へ向かう途中も相変わらずだ。シュベルトの出自がどうあれ、王族であることは変わりない……そのため、直接なにか言いに来る者はいない。だが、誰も近寄ろうとはしなかった。
「……思いの外、きついな」
そう、ポツリと呟くシュベルトの顔色は、あまり良くはなかった。
この、視線……俺にも、覚えがある。転生前、平民であった俺は国宝に選ばれ、勇者パーティーの一員となった。しかし、なんで平民なんかが……と、直接言われずとも貴族たちの目が、そう言っていた。
口でなにかを言わずとも、視線だけで伝わってしまうものはある。シュベルトにとっては、こんな視線を向けられることも、初めてであろう。
……授業中も、教師もなにも言うことはなかったが、やはり似たような目を向けていた。王族への疑念……それは、本来不敬にすら当たるのかもしれない。だが、隠していたことが隠していたことだけに、王族の責任問題は大きい。
「……やっぱり、原因を問いただすしかないな」
言ってしまったことは消せない。リーダ様によるあの宣言も、消せはしない……だからといって、このまま事態が悪化していくのを、黙って見ているわけにもいかない。
今はまだ、良くない目で見られているだけだ。王族である以上手をあげられることはないだろうが、もしまたリーダ様の動きがあり、それによってはなにが起こるかわからないのだから。
だから俺は、リーダ様に会いに行くことにした。シュベルトも、自分も行くと言っていたが、リーダ様に会いに行くということは、リーダ派なる生徒たちが多い可能性が高い。リーダ様は、同学年に特に慕われているから。
そこに、シュベルトを連れて行くというのは……なんだか、危ない気がする。生徒が王族に手を出すことはない、が……考えたくはないが、リーダ様の許可があればシュベルトに手を出す、なんて展開もなくはないのだから。
「すまない。ヤークにばかり、頼ってしまって」
「なに言ってるんですか。困ったときはお互い様ですよ」
俺は、昼休憩にリーダ様の教室へと向かう。教室内では、リーダ様は多くの生徒に囲まれていた。さすがのカリスマ性だろう。
近くの生徒に、リーダ様を呼んでもらう。他の取り巻きもついてこようとしたが、リーダ様が断った。そして、俺の前に立ち……
「これはこれは。ヤークワード先輩から僕に会いに来てくれるなんて、光栄ですね」
「……話したいことが、あります」
にこにこと、人の良さそうな笑顔を浮かべていた。口ではこう言っているが……多分、俺が来ることは予想していたのだろう。あんな放送をして、シュベルトと仲良くしている俺が動かないはずがない、と踏んだのか。
年下とはいえ、相手は王族。なるべく冷静に、話を進めよう。
「……場所を変えましょうか」
そう、リーダ様の提案を受け、やって来たのは屋上だ。例のごとく、ここには誰もいない。開放されてはいるが、他に誰かいるのを見たことがない。
屋上に設置されているベンチに腰掛けて、一息。リーダ様が、隣でパンを口にしているのを見て、俺も持参してきたパンを噛みちぎる。
「それで、話というのは……ま、聞くまでもないですね」
「えぇ、シュベルトの……第一王子の、ことです」
互いに視線は前に向けたまま、お互いの視線は交わさない。話をするときには人の目を見て話せ、と昔教わったが、なんとなく、俺は目を合わせるのは避けた。
シュベルトとは……大胆な言い方になってしまうが、友人のつもりだ。その友人の、秘密をバラされて、俺は内心ハラハラしている。目を合わせたら、感情が溢れてしまいそうだからだ。
「どうして、あんな放送を……?」
「嘘は良くない、と思いまして。兄は、国王と女王の子ではない。その真実を、伝えたいと思いまして」
……嘘は、良くない。まったくもって同意だ。嘘は、良くないだろう。
だが、それを自分から明かすならまだしも、別のところから明かされる……それも、その人物の根幹を揺るがすほどのことを、いきなり明かすなんて……
「ちょっと、横暴じゃないですか? それに、あの言い方ではシュベルトにどんな影響が及ぶか……」
「横暴、ですか? 確かにやり方は強引だったかもしれませんが……僕は、間違ったことをしたとは思っていませんよ。兄は、父は、国民を欺いていた。到底許されることじゃないでしょう」
「けど、それを明かすにしたって、あんなやり方で……」
「回りくどいのはなしにしましょう。先輩は、僕にどうしてほしいんです?」
リーダ様が、立ち上がる。そして、俺の方へ体を向けると……その目で、俺を見ていた。俺は思わず、その目を見返してしまって。
「僕は兄の秘密を暴いた。それはいずれ、国中に広がるでしょう。兄を第一王子として祀り上げたのは父だ、しかしその事実を隠し現状に甘んじていた兄も同罪。その罪を、僕は暴いた。先輩は、そんな僕になにを求めますか? 謝罪? 訂正? 靴でも舐めれば気が済みますか?」
「……あなたは、なんで、こんなことを……」
リーダ様の問いかけに、言葉を返せなかった。俺は、リーダ様になにを求めているのか。
これからのこと、シュベルトの扱い、リーダ様の思惑……考えなければならないことは、たくさんある。だが、もう発せられてしまった言葉について考えていても、しょうがない。それについて問答をしても、意味がない。
なにが正しくて、なにが正しくないのか……だからせめて、リーダ様の目的だけでも聞こうと、思った。
「なんで、ですか」
「そう。嘘を告発したいのも、真実を伝えるのも、わかる。けれど、それでなにがしたい? 王族の秘密を暴くってことは、兄を、父親を、その罪を晒すってことだ。身内を晒して、王族という名前そのものに傷をつけてまで、あなたはなにがしたい」
「……そんなの、決まってるじゃないですか」
俺の問いに、リーダ様はまたもにこっと笑った。まるで、そこに綺麗な花でも咲いているかのように。純粋で、無垢な笑顔を。
「僕が、次の国王となるためです。そのために、現国王も、第一王子も、邪魔なんですよ」
「……邪魔?」
「だってそうでしょう? いつ死ぬともわからない現国王、死んだとして王位継承権は、真の王族たる血の流れていない俗物にある。ならばいっそ、両方を貶めて、地位を剥奪したほうが早い。そう思いません?」
その笑顔からは、想像もつかないほどに、恐ろしいことを……
「ぞく……ぶつ?」
「そうでしょう? 国王の血は流れていても、所詮は本妻にもなれなかった下民の血が入ったもの。知ってました? 側室っていうのは、貴族でなくてもなれるんですよ。そんな、優秀な血筋も伝統もない、ただ側室に選ばれただけの女から産まれた男が、よりにもよって僕を差し置いて第一王子? 許せるわけないでしょう。父も父だ、そんな俗物を第一王子に仕立て上げるなんて、まったくもって愚かしい。そもそも、女王との間に第一子を設けるのが国王としての義務だ、それを放棄して下民の女なんかと子を作るなんて、なんて緩い下半身なんだ。そんな、決まり事も守れないような王の収める国に、安泰した将来なんて訪れませんよ。だから、僕が早急に次の国王となり、国を変えてやるんです。側室の制度も、本物の貴族の女性しかなれない……いや、この国自体、優秀な血を持つ人間だけの国にすべきなんです。下民、平民……それら穢れた血は、必要ない。そうは思いませんか? あぁ、先輩は平民のひとりを侍らせていたんでしたね……そんなことをしては、己の価値を下げてしまうことになりますよ。なぁに心配いりません。僕が国王になった暁には、選ばれた人間だけの、優秀な国へと作り変えていくつもりですから!」
…………?
……え、なに……なに、言ってんだこいつ? すごい恍惚とした表情で、なにを言っているんだ?
なんか、すげーことを言っているが……要は、リーダ様が国王になって成し遂げたいことは、平民などの貴族でない者……曰く選ばれたものだけの、国にしたいと?
そんなの……まるっきり、シュベルトと真逆じゃないか。
「そのために、あんな大掛かりな放送を……?」
「あぁ……あれは、他にも理由はあるんですよ。あのような高度な魔力、それを使えば出てきてくれるかもしれないでしょう? セイメイが」
「……は?」
いやいや、待て待て待て。セイメイ……シン・セイメイのことか? なんで、ここであいつの名前が出てくる?
「なんの、関係が……」
「大ありですよ。……昨日、セイメイの反応を感知したんですよ」
「!」
昨日……そうだ、確かにセイメイは現れた。俺の前に、まさにこの屋上で。
しかし、それがなんの関係があるっていうんだ?
「セイメイは、1年前に現れたきりその尻尾も掴めませんでした。なので、強大な魔力を感知すれば、出てくるんじゃないかと思いまして。だから、とあるエルフの力を借りたんですよ」
「……誘き出す、ためだけに?」
「一応、いつかはバラしてやろうと思っていたんですよ。時期が早まっただけです」
どこにいるかもわからないセイメイを、誘き出す……そのために、そのためだけにあんな大掛かりなことをしたっていうのか。それに、魔力を感知しても出てくるとは限らないのに。
そうまでして、あのエルフを探し出したい理由は……いや、そのためのついでに、シュベルトの秘密は……
「まだ、この国にいることが確認できた。それだけでも、大収穫ですよ」
「……そうまでして、なんで、あのエルフにこだわるんです」
「んー……秘密、です」
セイメイを誘き出す……そこにどんな意味があるのかわからないし、リーダ様は話すつもりはないようだ。
くそ、なんだってあのエルフのために振り回されないといけないんだ!
「先輩は、昨日セイメイと会ってますよね? 見かけたら教えてと言ったのに……まあ、いいですけどね」
「……」
「そんな睨まないでくださいよ。お詫びに、ひとつ教えてあげますから」
困ったように笑うリーダ様は、俺の耳元に口を寄せた。
「1年前の『魔導書』事件……覚えていますよね? 事件は解決した……しかし、首謀者であるビライス・ノラムに魔石を渡した人物、黒幕とされる存在は未だ不明となっています」
「……えぇ。それが、いったい……」
「僕の見立てでは……シン・セイメイこそが、ビライス・ノラムに魔石を渡した、張本人だと思っています」
「!」
告げられた事実……ではなく、仮説だが、どうしてか妙な説得力があった。あのエルフが、『魔導書』事件の黒幕……?
なにも言い返すことができない俺を見て、最後にリーダ様はまたにこりと笑い……屋上から、去っていった。俺は引き止めることも、できなかった。