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復讐の転生者 ~仲間に殺された男は、かつての仲間の息子となり復讐を決意する~  作者: 白い彗星
第5章 貴族と平民のお見合い

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歴史の重さ、涙の重さ



 ……思い出したのは、魔導書というものの存在について。どこで聞いたのか、というものだ。


 気のせいではない、以前、確かに聞いたのだ。ミライヤから、魔導書というものの存在を。それは、ノアリも聞いていた。


 そしてノアリ曰く、魔導書とは人間でも魔法が使えるようになるものだという。魔法とはエルフ族のみが使えるとされているが、そもそも昔は人間も使えたらしい。


 ミライヤに中身は読めなかった……だが、エルフ族しか使えない魔法を人間が使えるようになるなど、知られれば狙われる可能性もある。俺たち以外には、ミライヤも言っていないはずだ。


 そうだ、それがミライヤは、私の家にあると言っていた。そんな貴重なものが、なぜミライヤの家にあったのかはわからない。


 ただはっきりしているのは……



「いや、いやぁああああ!!」


「ミライヤ、ミライヤ落ち着いて!」



 そんな(まどうしょ)のために、ミライヤは襲われ、ミライヤの両親は殺されたということ。


 ミライヤが、夫婦をお父さん、お母さんと呼んだことではっきりした……いや、馬鹿か俺は。ミライヤは言っていただろ、今日ビライスを実家に招くと。知っていたはず……


 ……それを知って、なにができた?



「あはははは! いい声で鳴きますね!」


「てめぇえええ!!」



 ダメだ、落ち着け俺……怒りに、呑まれるな。


 あぁ、でも、初めてかもしれないな……俺が、俺自身の事情以外で、誰かを殺してやりたいと、思ったのは。



 ガキィ!!



「おっと……いきなりですね」


「てめえ、自分がなにをしたのかわかってんのか!」



 いつの間にか俺は、ビライスへと接近し、剣を振り下ろしていた。それを難なく受け止められてしまうが、力のままに押し込んでいく。


 ギシ、と床が軋んだ音がした。



「ちっ。なにをそんなに怒るんです。魔導書、それを手にするために、平民の安い命など問題ではないでしょう」


「安い命だ!? そんなもんねえよ!」



 剣ごと、弾かれる。なんとか着地に成功し、俺は目の前の敵を見る。きっと今の俺は、さぞすごい顔をしているのだろう。


 しかし、俺が「安い命なんかない」か……復讐のため、あの男を殺すと決めた俺が、なにを言っているのか。


 ……いや、違う。俺のは復讐だ。俺を殺したあの男に復讐する正当な理由が、ある。


 だがミライヤはどうだ。あんな目にあう理由が、両親が殺される理由がどこにある。魔導書を奪う……ただそれだけのために、ミライヤは重傷を負い、両親は殺された。



「お前に、ミライヤからすべてを奪う権利はない!!」


「実に熱い人ですね、もっとクールだと思っていましたよ」



 クール、ね。俺も、今の自分が人のためにここまで感情的になれるとは、思わなかったよ。


 ノアリは、ヤネッサの側から離れられない。それに、泣き叫ぶミライヤをなだめなくてはならない。


 ……俺がやるしか、ない。



「はぁ!」



 一気に、踏み込む。2人の間の距離を詰めるように、姿勢を低くし最短の一直線で。


 腰を低くし、構えた剣を振り上げる。それはまたもビライスの剣に防がれてしまい、しかも今度は受け流され、刃の軌道をずらされる。


 バランスを崩す……が、俺はその勢いを利用し、体を回転させて回し蹴りを放つ。ビライスの腹部に踵が直撃する、手応えを感じる。



「くふっ……!」



 軽く後ろに吹っ飛ぶビライスを、追撃。今度は剣を横向きに構え、と横薙ぎに振るう。狙いはビライスの胸元あたりだったが、割り込んできた剣に軌道をずらされる。


 ずらされた刃は、ビライスの左腕を斬りつけた。



「くっ……やりますね」


「まだに決まってるだろ!」



 そのまま距離を取ろうとするビライスを、しかし俺は逃さない。型のない我流の太刀で、四方八方から刃の連撃を繰り出す。


 上から、左から、下から、右から……俺もただ無心に振るう剣に、軌道などない。だが、不思議なことにそのことごとくをビライスは、剣で弾いていく。


 くそっ、手応えがないのが苛立つ。こいつは、攻撃的な流派の功竜派(こうりゅうは)か、技術的な流派の技竜派(ぎりゅうは)ではないのか? 以前、ギライ・ロロリアを下したことから、そうだと思っていたが。


 どちらかで言えば、技竜派っぽい。だが、こうもことごとくの刃を防がれているってのは……



「そこです!」


「っ、しまっ……」



 打ち込む剣は、弾かれる……次第に俺の剣は、大振りで隙の多いものになっていたのかもしれない。そこを、狙われた。


 右肩に振り下ろした剣が甘く、弾かれる。いや、刃を通じたまま受け流される。ジジジ……と、刃が刃を移動するように、迫ってきて……



「ぐっ……!?」



 腕を、斬りつけられた。右腕だ。瑕は深くないが、痛みにより少し集中が切れた。今度は先ほどとは逆に、俺の腹部にビライスの足が蹴り込まれる。



「ごぱ……っ!」



 ヤバい、変なところに入った……思いの外力が強く、後ろに吹き飛ばされる。そして、壁に激突……それは本棚だったのだろう、余程大きな。本が、何冊も頭に降ってくる。


 くそ、いてぇ……本の角が、頭に当たりやがる。



「ヤーク! ……もう、なんで誰も来ないの!」



 苛立つノアリは、窓の外を見る。誰も来ない……これだけ騒いでいても、不思議と誰も来ないのだ。


 もちろん、こんな状況の中、誰か来てもらっても困る。だが、これだけ物音をさせておいて、外に人の気配すらないというのは……



「なにこれ、くら……」



 ドォオオ……ッ!



 ……ノアリが何事か言おうとした瞬間、凄まじい音が、響いた。耳が割れるような音だ。思わず、耳をふさいでしまう。ビライスの策略か?


 そう思ったが、ビライスも耳をふさいでいる。あいつの仕業じゃないのか。なら今の音は……



「……雨?」



 鼻に、冷たいものが当たる。それが雨だと、すぐにわかった。なにせ、すぐに無数の雨粒が俺の体を襲ったのだから。


 雨、雨だ……室内にいるのに、雨が降っている。これは、どういうことだ……天井を、見上げる。


 ……そこには、あるべきものがなかった。



「なん、だ、こりゃ……」



 天井が……なくなっている。いや、なくなっているというより……穴が、空いている? それも、大きな穴だ。そのせいで、この大雨が入り込んでしまっているのか。


 外は、恐ろしく暗い。それに、雨の音がすごい……これじゃ、騒がしくしても誰も気づかないはずだ。


 それに、もしかして……落雷が、天井を破壊したのか? さっきから、空でゴロゴロと鳴っている。落雷が、屋根に落ちて、そのまま天井まで破壊したと。



「っくそ……!」



 雨で、熱が登っていた頭が冷える……同時に、顔に当たる雨粒がうっとうしく感じる。目の前の敵を斬らなければ、ならないっていうのに。


 俺は、ゆっくりと立ち上がる。大丈夫、ちょっと斬られた程度、蹴られた程度だ。この程度で、動けなくなりはしない。



「いい面構えです。本当なら、すぐにでも魔導書を探したいのですが……それも、叶いそうにありませんね」



 ビライスも、剣を構える。俺を殺してから、ゆっくり魔導書を探すつもりか。余裕見せやがって。


 だいたい、魔導書魔導書……そんなものが、ミライヤの人生を狂わせたと思うと、それだけで……



「……なんだったんだ。お前にとって、ミライヤは。あんなに笑って、優しくしてたじゃないか。なのに……」


「くふふふ……いやぁ、傑作でしたよ。自分を襲った黒幕とも知らず……ぷふっ……恩人と信じて、疑わない姿は! 両親を目の前で殺しても、まだ私を信じてたみたいでねぇ、健気でしたよ。いやはや、笑いを堪えすぎて涙が出そうになりましたよ」


「……そうかよ、もう、黙れ」



 ガギィ!



 鈍い刃の音が、響く。こいつの言葉は、どれも癇に障る……!


 こいつが、ガルドロとギライ・ロロリアを操り、ミライヤを誘拐した黒幕。なんでそんなことをしたのかは知らないが……まさか、ミライヤの信用を得るためか? 自分で襲わせ、自分で助けることで、ミライヤの信用を得るためだけにあんなことを。


 そもそもミライヤと仲良くなったのも、この家に来て、魔導書を探すためだろう。


 そのために、こいつは、ミライヤの目の前で、両親を殺し……その後、ミライヤの足を斬り落とした。なんて、クソ野郎だ……!



「お前なんかが、ミライヤに近づくんじゃねぇ!」


「バカみたいに力押しに突っ込んできては、私は倒せませんよ?」


「うるせぇ!!」



 俺らしくない、というのはわかっている。だが、気づけば足が動いていた。


 こいつだけは、どうしても俺の手で……!



「なってないですね、周りを見ないと」


「ぉ……」



 こいつを斬ることだけに集中していた。だから、足払いをされたと気づいたのは、された直後のこと。しかも、この豪雨で視界がはっきりしないのは、さらに俺の視野を狭めていた。


 転ばないよう踏み止まるが、それこそが隙。隙を狙われ、脇腹を斬られる。



「ぐぅ……!」


「ほぉ、これも致命傷は避けますか。そら!」



 くそ、今更になって……こいつの流派が、防竜派(ぼうりゅうは)だと気づいた。その流派相手に、力任せに押し切るのは自殺行為だってのに。


 なんとか体を捻り、致命傷は避けたが、それでも刃が通ったには変わりない。だが、顎を蹴り上げられ、その場から少し後退……仰向けに倒れてしまう。



「くっ、げほっ……!」


「いいざまですよ、ライオス様」



 冷静になれと、わかっているのに……どうしても、こいつを許せない気持ちが勝りやがる。この、場所のせいか?


 雨により血のにおいは流れたとはいえ、悲惨な現場に変わりない。目に入るあらゆるものが、俺の感情を揺さぶる。こいつ、俺の怒りを誘発することも狙いだったか?


 目に入るのは、雨、黒い雲、視線を動かせば本、血、ノアリ、ヤネッサ、ミライヤ、血、そこからさらに本、ミライヤの両親、血、血、本……


 ……本?



「これ、は?」



 なんだか、妙な気分だ。その本から、不思議な感じがする。俺はなんとなしに、それを手に取った。


 その本には、表紙にこう書いてあった。



「魔導書……」


「! なんだと!」



 俺の言葉を聞き、ビライスが目の色を変えて向かってこようとする……が、俺は剣を向けてそれを牽制。ゆっくりと、立ち上がる。


 そうか、これが魔導書か。ミライヤの話じゃ、中身は読めなかったらしいが……見たところ、他の本と変わらない。藍色のカバーに、せいぜい分厚さを感じさせるくらいだ。年季が入っているのか、所々ボロボロだ。


 だというのに、不思議と劣化は感じられない。ボロボロなのに劣化を感じられないというのもおかしな話だが。それに、雨に触れているのに、濡れていない。


 ……こんな、ものが。



「それだ、見つけた……それを、魔導書を、よこせ!」


「……そんなに、魔導書(これ)が欲しいのか?」



 魔導書(これ)に、どれほどの価値があるのか知らない。エルフ族しか使えない魔法を使えるようになるなんて、そりゃすごいものなんだろう。


 だが……それが、この惨事と釣り合うほどのものなのか? ミライヤから大切なものを奪い、彼女の心に傷を残した。そうまでする価値が、この本にあるのか?



「当たり前だ! さあ、それをこっちに……そうすれば、すぐにでもここから去ってやる。その女にももう近づかない、用はないからな。後は好きにするといいさ」



 口調が変わるほどに、魔導書が欲しいのか。こいつがミライヤにもう近づかない? それはこっちだって願ってもないことだ。


 魔導書を、渡せば。



「そうか……」



 俺は、魔導書をビライスへと放り投げる。魔導書に注意が行っていたビライスの視線も、同時に上に上がり……それをキャッチしようと、手を伸ばした。


 俺は剣を、振るう。一閃……その太刀は、上空に投げられた魔導書を、切り裂いた。



「は……?」


「……」



 次いで、真っ二つに割れた魔導書に、無数の斬撃を浴びせていく。魔導書は文字通りのバラバラとなり、分厚かった本は無数の紙吹雪となった。


 舞い、それは地面へと落ちていく。魔導書は、ここに失われた。



「あ、あぁ……あ……き、貴様……貴様貴様貴様ぁ! な、なんてことを!」



 絶望に顔を染めたビライスが、追いすがるように地面に落ちた紙を集めていく。だが、先ほどまで雨に濡れなかった紙は、今はもうただの紙であるかのように濡れていく。


 先ほどまでの余裕な態度が、嘘のようだ。



「あぁ、あぁなんっ……てこと……なんて、ことを! あぁっ、こ、これにどれほど、歴史的に重い価値があるのか、わかっているのか!」



 もはや文字すら読めぬほどに小さくなってしまった紙を拾い上げ、ビライスは俺に憎悪のこもった視線を向けてくる。歴史的に重い……か。


 確かに、人間が魔法を使えるようになれば、それは歴史的にも名を残すほどの偉業だ。それをした人物の名は歴史に刻まれ、また人類の発展に大きな成果をもたらすだろう。


 中身を見なくても、それくらいはわかる。わかった上で……俺は、魔導書を斬って捨てた。その理由は、ただひとつだ。



「重い……? 知らねぇよ……(ミライヤ)の涙より重いのか? それ」


「ヤーク様……!」



 いつの間にか泣き止んでいたミライヤが、俺の名を呼んでいた。この豪雨の中、今の言葉が届いたのだろうか……逆に、ミライヤの言葉も届いた。


 目は腫れ、未だ肩は震えている。口元を押さえ、今ミライヤがなにを思っているのかは、俺にはわからない。



「あ、おのれぇえええ……これは、大罪だ、許されざることだぞ! ヤークワード・フォン・ライオス! この場で今、私が、貴様を裁いてやる!」


「……許さねぇのはこっちだ、ビライス・ノラム。その腐った根性、命を持って償わせてやる」

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