そんなことで…
「ん、ん……」
「けへへ、動くな平民」
なんとか言葉を発しようとするミライヤだが、口を手で押さえられているため声を出せない。ミライヤの口を塞ぐのは、ギライ・ロロリア……入学試験で、ミライヤに破れた貴族だ。
そしてミライヤに動くなと告げ、笑みを浮かべるのは、ガルドロ・ナーヴルズ……入学試験の日、ミライヤを平民と罵っていた貴族だ。
その後、ミライヤはヤークワードに助けられた。ある意味、ミライヤとヤークワードが知り合うきっかけを作った男。そのヤークワードに入学試験で敗れたこの男は、ギライ・ロロリアと同じく入学試験に落ちたのだが……
「んっ……」
なぜ、こんなところに……もう出会うはずは、ないはずだと。そこまでは思わなくても、このように拘束され、人通りのない路地裏に連れ込まれるとは思っていなかった。ばたばたと暴れても、女子の力では男子に敵わない。
もしも拘束から抜け出せたとして、すぐそこにガルドロがいる。この場から逃げるには、不可能に思える。
得物でもあれば、また違ったのだろうが……
「おとなしくなったな、平民。まだ暴れるようなら、こいつでその顔を傷つけるところだったぜ」
「……!」
にやにやと笑うガルドロが取り出すのは、片手で握るサイズのナイフ。本物の剣を知っている者にとっては、それはもしかしたらおもちゃにも映ってしまうかもしれない。
だが、剣も持っておらず、体格も違う男にナイフをちらつかされては、ミライヤに為す術はなかった。
「じゃあ、さっそく連れていこう」
「そうだな」
いったい、この2人がなぜ自分なんかを……そこまで考えて、ミライヤの頭にはひとつの可能性が浮かんだ。ギライ・ロロリアは、ミライヤに敗れ騎士学園への入学の道を絶たれた……まさか、それが関係しているのだろうか?
ガルドロ・ナーヴルズも、ミライヤを庇ったヤークに敗れている。そこで、彼に一泡吹かせるために力の弱いミライヤを狙い、利害の一致で2人が手を組んだとしたら……
(筋は通る……けど……)
ミライヤの頭で、わかるのはそこまでだ。だが、それが真実だとして……そんなことで、人を傷つけるような行為に、人は走れるものなのだろうか。
まして、相手は貴族だ。平民を見下した言動や行動があったとはいえ、一応は由緒正しい、ミライヤが憧れた貴族なのだ。なのに……
(そんな、ことで……?)
手足を縛られ、覆面をかぶせられ、抱えられてしまったミライヤはいよいよ逃げられない。口に拘束具はつけられていない、ここで声を上げれば、誰かに気付いてもらえるのではないか……
……いや、ただ覆面を被せただけの人間ひとりを抱えている姿なんて、いやでも目立つ。なのに誰も反応している様子がないということは、周囲の人間にバレない方法で運んでいる可能性がある。方法はわからないが、だからこそミライヤの視界を閉じたのだろう。
ここで声を上げても、ちゃんと外に届くかわからない。それどころか、声を出したことで痛めつけられるかもしれない。もしかしたら、それ以上のことだって……その恐怖が、ミライヤに声を出させるという選択肢をいつの間にか奪っていった。
ミライヤになぜ、ここまでのことをするのかはわからないが、殺されないという保証もない。
……貴族が、勝負ごとに負けたからといって、こんな強硬策に出るとは。それとも、貴族だからこそなのだろうか。平民に敗れ、自身のプライドを砕かれたと……
「おらっ」
「ぐっ……」
どのくらい歩いただろう、暗がりの中にいたためにわからない。時間間隔がない。放り投げられた衝撃、体を打ち付けた痛み……どこか、目的地につき、そこに投げ置かれたようだ。
手足の自由を奪われ、視界も見えない。鼻は利くが……ツンとした臭いのせいで、ここがどういう場所なのかよくわからない。これは薬品の臭い、だろうか?
「まったく、キミのせいであの後散々だったんだ……ぞ!」
「ぐぁあ……!」
ドスッ、と腹部に衝撃が走る。この声、ギライ・ロロリアのものだ。
痛い、苦しい……今自分はなにをされたのか、その判断もつかぬまま、2発目、3発目が叩き込まれる。
「げ、っぇお……ぅ、ぐぅ……」
「おいおい、その辺にしとけよ」
横たわっているミライヤの腹部に、少々尖ったものが叩きつけられる。おそらく、蹴られているのだろう。手足の自由は効かず、視界も見えない。抵抗する術は、ない。
咳き込むミライヤを、心配する声はない。なにか、吐いてしまった気がする。汚いだの下品だだの、笑い飛ばすばかりの声が聞こえる。
これから、自分はどうなってしまうのか……想像は悪い方へ、悪い方へと向かっていく。
「……たす、けて……」