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お話をしたい



 その日の授業はいつも通り、主に剣の基礎を習うようなものだ。ちらほらと退屈そうにしている奴もいたが……こういう基礎こそ、大切にしないといけないのだ。


 俺と同じように、剣の先生を雇って学んできた奴もいるだろう。俺も、先生に教えられたことではあるが、それなりに真剣に聞いている。


 なにが、己の実力となるかわからないのだ。それに、忘れていることもあるし、復習という意味でもいいことだ。



「私、行ってきます。お話してきます」


「あ、ミライヤ?」



 そう、ミライヤが立ち上がったのは放課後になってからだ。ミライヤの視線の先には、ビライス・ノラムがいる。


 結局今日、彼がミライヤに話しかけてくることはなかった。周りに人が集まっていたからかもしれないが、自分からお見合いを申し込んでおいてなにも音沙汰がないとは……


 そのノラムは、今ひとりだ。積極的とは言えないミライヤであっても、周りに知らない貴族がいなければ、それほど萎縮はしないはずだ。


 ミライヤが、ノラムに話しかけに行く。そりゃ、お見合いの申し込み……つまり好意を示されて、その後音沙汰がなければミライヤなら、いや誰でも気になる。



「……大丈夫かしら」



 その様子を見ていたノアリが、頬杖をつきながら口にする。気にしていない風を装っているが、その表情には心配でいっぱいに見える。


 ノラムの周りに人はいない。その隙を狙って話しかけに行ったミライヤは何事かを話し……ノラムが先導する形で、教室を出ていく。



「ね、ねえ、どっか行くわよ! 追いかけましょう!」


「うぉ、おう」



 ノアリに肩を揺らされる。やっぱり、心配なんじゃないか。


 とはいえ、俺も2人がどこに行ったかは気になる。なので、ノアリとこっそり後をつけていくことに。この学園に入学して数日、まだ校内全てを把握しているわけではなく……2人がたどり着いた場所は……



「屋上?」



 階段を上った先にあったのは、まだ来たことのない、屋上だった。へぇ、普通に生徒も立ち入りできるんだな。


 こっそりつけているため、俺とノアリは屋上に立ち入ることは出来ない。なので、扉を少しだけ開き、様子を伺うことに。


 とはいえ……



「聞こえんな……」



 扉の側ではなく、扉から少し歩き……備え付けてある手すりの側まで歩いていったため、ミライヤとノラムがどんな会話をしているのか聞くことができない。


 さすがに口の動きだけじゃ、なにを言っているか……



「この間は、驚かせてしまってすまないね……」


「……ノアリ?」



 いきなり、ノアリがなにかを言い始めた。ちょっと怖い。



「ノラムが、今そう言ったのよ」


「言ったって……聞こえるのか?」


「いや、口の動きを読んだのよ。そう……読唇術、ってやつ?」



 なんでもないように、そう話すノアリ。読唇術、って……今ノアリが言うように、ノラムの口の動きを読んだらしい。いや、今俺ができないって思ったばかりのことを……?


 すごい……と、言うべきなのか。



「これで、ノラムがなにを言っているかはわかるわ」


「おぉ……幼なじみの思わぬ特技?にびっくりだが、うん、頼んだ」



 これを特技と言っていいかはともかく、まあノラムとミライヤの会話の内容を知れるのなら、ありがたい。正直引け目はあるが、ここまで尾行した時点で今更だ。


 2人の会話とは言うが、ミライヤはこちらに背を向ける形になっているため、ミライヤの口元を見ることはできない。なので、ノラムだけの話となるが……



「ちょうどこちらからも、話しかけようと思っていたんだ。君から話しかけてきてくれて、嬉しいよ……だって」


「ホントかよ」



 話しかけようと思っていた……か。それが本当か嘘かはともかく、表情が嘘をついているようには見えない。言葉は聞こえなくても、表情は見える。



「君の美しさに一目惚れしてね……迷惑だと思ったけど、自分を抑えられなかったんだ」


「ノアリが歯の浮くような台詞言うと、なんていうか……キモいな」


「うっさい、私だって言いたくて言ってるんじゃないわよ! てかあんたのために音読してるのよ! 読まないわよ!」


「ごめんなさい」



 とにもかくにも、あの甘いマスクであんな甘いことを言われたら、女子ならくらっときてしまう……のだろうか。俺にはわからないし、ただただ寒気がする。


 その後も、読み取ったノラムの言葉は当たり障りのないものばかり。まるで、今日話せなかった分を取り返すかのように、なんでもない言葉だ。



「明日からも、あまり話せないと思うけど……君への想いは本物なのを、理解してほしい」



 貴族と平民、その関係性を理解していればこそ、気軽に話は出来ない。俺やノアリは例外なだけで、平民と仲良くすれば周りからどう思われるかわからない。それが怖いのだ。


 奴も、それと同類ということ。ただ、ミライヤを甘い言葉で誘惑し誘いだし、ひとりになったところを虐める……なんて陰湿な奴ではないようだ。



「次の週末、一緒に出掛けないか」


「お」



 甘い言葉の数々に飽き飽きしていた頃、ノラムが気になる言葉を放った。それはミライヤへ、一緒に出掛けないかと……いわゆる、デートのお誘いだ。


 お見合いの後にデートのお誘い、とは少々順番が逆な気もするが、こうでもしないと誘うことは出来なかっただろう。知らない貴族からいきなりデートに誘われても、ミライヤは戸惑っただろうし。


 ミライヤの返答はわからない……が、後ろ姿を見てもわかるくらい、喜んでいるようなのは確かだ。



「ヤーク、わかってるわね」


「あー……まさか、デートも尾行?」


「当然」



 やっぱり……まあ、俺も気になりすぎて、他のことは手につかなさそうではあるから行くけども。

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