序章 密室
あらすじ
春先の転校生_ 《切峰雪紗》と運命的な出会いを果たした、高校生_ 《名取絵人》は友人である《鶫谷雲雀》の仲間に迎え入れられた。しかし、雲雀の姉に当たる《鶫谷裏亜》の残した、《青眼の烏》という言葉に違和感を覚える。
名取は立ち寄った、図書室で少女の泣き声を耳にする。それは紛れもなく、雪紗の声だった。弱さを隠し、気丈に生きる彼女に名取はゲーム上では強いという理由から、フレンド登録をすることになる。
気休め程度の慰めで雪紗との関係を深まらせた名取は下校途中で茶髪の女子生徒に声をかけらる。
目が覚めた時、俺は二つのことに気づいた。まず1つ目は周りに俺以外の誰もいないこと。そして、2つ目は今、自分が居る場所に見覚えがあったことだ。思考を働かせたと同時にズキッ_____!と頭痛の様な痛みが俺を襲う。
何が起こってここに連れて来られたのか?
そもそも、何の為に俺はここに居るのか?
薄暗い廃墟と化したその部屋はゾンビ映画さながらの風景を醸し出していた。
鼻を突く鉄臭い異臭とただならぬ殺意を感じさせるこの場はいわば、隔離施設とでもいうべきだろうか?かといって、隔離されるような事をした覚えがない。次第になれる視界が部屋の全容を映し出す。
「____っ!?」
今までに感じたことの無い、ゾクッ!っとした心臓の跳ね上がりが起こる。放心状態になる一歩手前で踏みとどまる精神を噛み殺し、視線を他の場所へと向ける。見渡す限りの灰色と朽ち果てた壁が気味悪く存在していた。
早く逃げないと。
早くここから出ないと。
どの言葉も今のこの状況下では無に等しく。すぐに諦めと言う脱力感が体中を蝕んだ。
動機が収まらない。呼吸が上手くできない。誰でもこんな場所に居たら、そうなるだろうと皮肉めいた笑いを零すと、すぐに助けを求めた。
声が出ない。
異様に渇いたいた喉は口を開け、声を発することを拒絶する。
「_____」
恐怖と不安が一気に込み上げる。
発狂しそうになる。それでも、声が出ない。それすらも許されなかった。
一体、何で____。
そう思い、左手を振り上げた瞬間だった。
ジャラッ________!
気味の悪い金属音が聞こえた。
そして、同時に感じた手首の痛み。肌をする痛みが痛覚を刺激する。何の変化も無いこの室内での、その痛みには恐怖心を煽るには十分すぎる程、計り知れない副作用を生じさせていた。
ジャラジャラ・・・・・・。
手首を動かすたびに鳴るその音に怖いモノ見たさでゆっくりと視線を向ける。微かに感じる左手の重みとこの音は比例しているのだろう。薄眼でその方へと注意を向ける最中でどれだけ、躊躇ったのだろうか。それでも、俺は無理を強制し顔を向けた。
「____________!!」
見開いた目が真実を移しだす。
拒絶、否定、嘘、偽り、虚実____。ありとあらゆる、感情否定が並べられる。気持ち悪い。口を塞がなければ今にも吐きそうだ。目尻が熱い、拭わなければ感情が抑え込めなくなる。逃げ出したい、でなければ目の前の真実を受け止めてしまいそうになるからだ。
時が経った、永遠の様に思われる数分間が____。
呼吸はまだ続けている。やめてしまえば楽になれるのにどうして?と自分に問われた。
目を開けている。塞いでしまえば見なくていいのにどうして?と自分に問われた。
心はまだ動いている。忘れてしまえばいいのにどうして?と自分に問われた。
____『だって、そうしてしまえば俺はきっと、自分を殺してしまうから』と返した。
生暖かくないそれは冷たく冷え切っており、彼女の衣服に絡みつく様に束縛していた。
「ね、ねぇ・・・・・・嘘だよね・・・?」
何で暖かくないんだよ・・・!
何でそんなに冷たいんだ・・・。
離れろよ____離れろ____離れろっ!
「あっ・・・あ・・・・あぁ・・・・・・・」
震える手が痙攣を起こす様にまともな精神状態にはなれない俺は、べったりと床に広がった黒よりのそれを瞳に写していた。
互いに繋げられた、鎖の手錠は今もなお、最後の繋がりと言わんばかりに深々とその鎖を揺らめかせていた。
「切峰・・・・・・許してくれとは言わない」
「それでも俺は、切峰のことが____好きだ」
受け止められない現実を前にして、確かな真実だけを言い残す。それは、誰も聞くことの無いたった一人の少年の声。
理由の無い、別れに砕かれた思いは深く深く・・・後戻りのできない場所へと墜ちていった。