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ブラック・キャンバス 偽りのエミュレーター   作者: キット
舞い降りた青
6/14

見覚え

 妖艶ようえんな朱色の車のドアが開かれ、白い手袋の執事に降車をうながされる。丁寧な言葉遣いと落ち着いた雰囲気。そして、客人に対する姿勢が見て取れるほどの低姿勢な態度。どこを取っても、無駄がないその執事は車から降りた俺と雲雀の鞄を預かり傍に居たメイドに渡した後、そっと屋敷の門に手を掛け開閉した。


 数十メートル先まで一直線に敷かれた石畳の道と両端には剪定師せんていしが手を入れたと思える、きめ細かく刃を入れた木々が屋敷を取り囲む様に植えられていた。中央には風水的な意味合いか、装飾豊かな彫りが刻まれた噴水が設けれており、横を歩く俺の頬に一粒のしずくが飛んだ。


 ギィ______。


 屋敷に入ると、すぐさま盛大な招きが待っていた。


 「「お帰りなさいませ 雲雀ひばり様」」


 屋敷の使用人と思われる、召使めしつかいの人間が声を揃えて忠義の意を示す。その光景を見ていた俺は自分が客人でここに来ていることを忘れてしまう程、その気迫に押されていた。


 「気にするな、名取。いつものことだ。それより、部屋に行こう」


 慣れと言うモノは時に恐怖を覚えることもある。俺がもしも、ここの人間で忠誠を誓われる立場だとしても、ここまでの出迎えを毎日されたら気が滅入るという確信があったからだ。


 「_____雲雀様、客間で裏亜(りあ)様がお待ちです。まずはそちらに向かわれて頂けると幸いです」


 雲雀の呼びかけに応答しようとした矢先、先程の執事が会話の中にスッと入ってきた。


 「裏亜姉りあねぇが?」

 「____はい」

 「わかった。悪いが名取、お前も一緒に来てもらうぞ?」


 ついでにと言いたげな声で雲雀は俺を同行者に選んだ。裏亜という人は雲雀の姉に当たる存在でい俺もここに来た時に何度かあっている。


 「俺は構わないけど・・・いいのか?」

 「何を遠慮しているんだ?俺がお前を誘ったんだから当たり前じゃないか。それに裏亜姉も名取に会いたがってたぞ」

 「わかった」


 こうして俺達は客間へと足を運ぶことになった。


 _____________________________________


 血の様に赤いレッドカーペットと道の端々には、いかにも高級そうな花瓶や絵画が並べられており細長い通路を延々と歩く。この通路に来る前に玄関から正面に大きな階段があったこともあり、今俺達がいるフロアは二階に位置していた。規則的に備え付けられた照明と窓から差し込む、夜の雰囲気。中世時代を彷彿ほうふつさせるこの屋敷の造りはどことなく、非現実感を帯びていた。


 ガチャッ_____。


 手を掛けた扉のノブを回し室内に入る。

 客間というだけあって、部屋の造りは至ってシンプルで俺から見て、まず真ん中にチェスの盤を置いた木製の低い机、そして両端に革製のソファと一人用のそれがあった。


 「適当に掛けてくれ。裏亜姉ならもう少ししてくるはずだ」


 雲雀は淡々と話すと、制服の上着を脱ぎ、近くにあったコート掛けに駆けた。


 「あぁ、所で裏亜さんは雲雀に何の様なんだ?」

 「言ってなかったか?用があるのは俺じゃなくて、名取_____お前だ」

 「はっ?」


 それしか言えなかった。


 「だます形で悪いが俺はお前を何が何でも、今日ここに連れてこようと思っていたんだ。だが、別に俺は騙してなんかいないし、これも《貴卓部きたくぶ》の活動の一環と思えば多少は理解してもらえないかな?」


 いつにも増して、真剣なその表情から語られる事実に俺はただ事ではないという、俺なりの危機感を感じていた。そもそも、雲雀が裏亜さんから呼ばれているのに、わざわざ俺を呼びだすのも不自然なことだったんだと改めて痛感する。


 「ちょっと待ってくれ?裏亜さんが俺に?一体、何の用なんだ?それに、今この部屋には俺と雲雀しかいないじゃないか?」


 と、言い終えた時俺の左眼の視界にチェスの駒が入った。


 「よっと!久しいな、名取くん!」

 「うわっ____!」


 突然の出来事に体全体で驚いてしまう。


 「い・・・いつからそこに!?」


 群青色の瞳に朱色の長い髪、整った容姿に切れ長の目は雲雀のそれと瓜二つだった。紅を塗った唇と淡い雰囲気をさせた、その人は紛れもなく、俺の知る裏亜さんで今日は一段と大人の女性の色気を出していた。


 「ほんの少し前からだけど?それより、私を見てそんなに驚くのは失礼だな~?もっと、こう、再会を喜べないのか?」

 「喜べと言われましても・・・・・俺は半強制的に連れて来られただけで・・・」


 申し訳なさげに俺はイマイチ状況が掴めていないことを間接的に告げる。


 「うん?雲雀、お前、名取くんに何も言ってないのか?」


 眉を細め雲雀へと疑いの眼差しを向ける、裏亜から目を背ける様に雲雀は背後の壁へと視線を向けた。


 (あの雲雀がこうも、あっけなく気負けするとは・・・・ははは・・・・・・)


 「まぁいい、そのことは後で言及するとして、まずは掛けろ」


 俺達は即されるままソファへと腰を下ろす。柔らかで包み込むような造りのソファは本来なら接客用の物としては完璧な一級品と言っても申し分ないのだが、何せ今はこの緊迫と緊張感の中という事もあり、とてもじゃないが背もたれに体を預ける程の余裕はなかった。

 机を一つへだてた向かい側に足を組み右手で頬杖をついて、朱色の令嬢が座る。これがもし、上下関係のある身分制度の元なら、俺は主従関係で言うところの従者に当たるだろう。


 「単刀直入に聞く、名取 絵人くん。君は私たちの仲間(ファミリー)になる気はないか?」


 フルネームで呼ばれる自身の名とナイフを喉元に向けられたような問いに俺は呼吸を止める。


 「____仲間(ファミリー)。それになれと・・・・・・?」

 「何も、君を無理にならせようなんて考えてはいない。だが、もしも断る様な事があれば____」


 裏亜は持っていた騎士ナイトの駒を机の上の盤上に置き、マス目を三歩動かした後、それを静止させ_____


 バキッ____!


 一転に力を集中させたのかそれは一瞬で首元から亀裂を生じさせ、砕け散った残骸を散らせ首元から折れた。


 「・・・・・・」

 「_____どうかな?」


 ゆっくりと盤から俺の視界へと首を上げた裏亜は「分かってるよね?」と言う面持ちで不敵に笑みを浮かべ、答えを問いただす。


 「・・・・なっ・・・・・・なります。仲間(ファミリー)になります」


 誘導を通り越し、強制を凌駕りょうがしたその瞳と声色に俺はなすすべなくくだってしまった。断り様はいくらでもあったのかもしれない、だがそれすらも考える時間を奪われた今となっては俺に後戻りはできなかった。


 「そうでなくちゃ!それじゃあ改めて、我が屋敷へようこそ_名取くん」


 同意と共にパァッと明るくなった、裏亜の顔を見て俺は「これで良かったのかもしれない」という心の声を漏らしていた。


 「裏亜姉・・・さっきのはどう見てもおどしに近かったと思うけど?それに、あのナイト、菓子だろ?」


 呆れた顔で雲雀はため息をこぼし、持たれていたソファにさらに脱力した体を預け深く座り込んだ。


 「・・・・・・お菓子?」

 (俺はとんでもない早とちりしてしまったのかもしれない・・・・。というか、何でもっと早く言ってくれなかったんだ!?)


 「うっ・・・・雲雀・・・・・・今それを言うな・・・!名取くんにバレたら_____」

 「____もうバレてますよ」

 「いやっ______!こ、これは・・・・・・・」


 形勢逆転と言うのは、まさにこう言うことを言うのだろう。ほんの数分前まで圧倒的に不利で呼吸させもままならなかった俺の意識からだは雲雀の言葉により、状態異常を解かれ今は落ち着きを取り戻していた。


 「どういうことですか・・・裏亜さん」


 一歩。相手の間合いに詰め寄る様に視線を向ける。


 「えっと・・・いやーこれは・・・・・・・その_____」


 壁際に追いやられ逃げ道を絶たれた朱色は言葉に詰まっていた。


 「だから・・・・・・・」


 力が抜けた声で言い訳を考える彼女に俺は最後のとどめを刺そうと一息入れて口を開いた_____


 バタンッ________!


 その時だった、勢いよく開け放たれた扉がその反動で衝撃音を立て閉じた。突然の出来事に俺は冷静だった精神の波を跳ね上がらせてしまい、テンポの速い鼓動が脈を打つ。錯乱状態まではいかないが()()は場所が場所だけあって、()()()()()()()起こっても何らおかしくはないのだ。


 「裏亜お姉ちゃん 掃除終わったよーーーー!! 頭なでなでしてーーーー!」


 瞬きを繰り返した俺の視界に映り込んだのは、肩まで伸ばした水色の髪に枯葉を付けている無邪気な少女だった。


 「有緋あるひ! うんうん、有緋は偉いぞーー!」


 機転を利かせ、飛び込んできた《有緋》という少女に意識を向け変えた裏亜は俺の視線をさりげなく避け、眼中にないと思わせるとともに追い詰められた状況から離脱した。


 「今日はね、いっぱいゴミがあったから、いつもより時間がかかちゃった・・・・でもね、私、頑張って最後までやったんだよ!!」

 「それは大変だったな・・・。有緋にはこの前も屋敷の大掃除をやってもらったからな・・・・・・あの時は大変だったよな。全く、後片付け位はしろって言ってるのに・・・総入れ替えは意外と大変なんだがな・・・・・・」

 「それより、裏亜お姉ちゃん」

 「うん?」

 「このお兄ちゃんは誰?」


 有緋と名の付く少女は不思議そうに俺の方を見てそう言った。白い肌に可愛らしさの塊の様なその少女の深紅の様に赤い瞳の中に俺が映る。引き込まれそうな、魅力と小動物の様な無邪気さが今もなお、雰囲気として漏れていた。


 「あのお兄ちゃんは、名取くんって言うんだ。今日から私たちの仲間ファミリーになったから、実質的には有緋のお兄さんになるんだ」

 「へぇーそうなんだ!だったら____」


 理解したのか少女は新しい兄の誕生に目を輝かせ、持ってきていた皿一杯のマシュマロをアイスピックで一突きし俺と雲雀の方へと小走りで駆けよって来た。


 「どーちーらーにーしーよーうーかーな! 天のー神様のー言う通りっ____!」


 子音が聞こえるくらい伸ばした一文字一文字を口ずさみながら少女は左手で俺と雲雀を交互に指さし、笑顔を見せる。そして、止まった指先は雲雀の方へと向いた。

 ビシッ____!と伸ばした指先に雲雀は、ほんの後方へと後ずさる。


 「あぁー・・・雲雀お兄ちゃんか・・・・・でもいいよね?私は神様の言うことは聞かないもん!だから、私が本当に上げたかった、名取お兄ちゃんにあげる!」


 不意に名を呼ばれた俺は「えっ!?」と声を発しながらも、内心はどういう経緯でそんな結論に至るのかを考えていた。


 「有緋ちゃん?それを俺にくれるってことでいいのかな?」

 「うん!さっきそう言ったでしょ?だから、はい あーんして?」

 「_____うん」


 食べさせてもらえるのは嬉しいのだが・・・だが・・・・、流石さすがにアイスピック越しにマシュマロをそのまま口に向けられるのは少々気が引けた。と言うより、何かのはずみで・・・・・・・この先は考えない様にしよう。



 (・・・・・・・あれ?何だろう、この感じ、以前にも・・・・・・いや、ずっと昔に【見覚え】がある様な_____)


_____________________________________


 『_____様、どうですか?おいしいですか?』


 『あれ?お口に合いませんでしたか?』


 『あまの・・・じゃ・・・・・・く?私が?』


 『もぉ!からかわないでくださいよ!_____様』

_____________________________________


 

 記憶のレコードはそこで終わりを告げ、俺の脳内記録は現実に引き戻される。


 「どうかな?」


 鋭利な先端を噛み、引き抜かれたそれを口に入れる。唇に着いた粉と舌に広がる甘味。紛れもなく、マシュマロなそれは、数秒で解け始め口の中を糖分が支配する。だが、一つだけ違和感が味は申し分ないほど、おいしいのは間違いないのだがそれでも、ほのかに鉄の匂いが鼻を突く。最初はアイスピックの金属部分のモノだと思っていたがそれは次第に疑問に変わる。


 「____おいしいよ。それと、ありがとう」


 それでも俺は何の疑いもせずに感じたままの事を口にした。


 「そっか!おいしかったなら、良かった」


 いついかなる時でも微笑みを崩さない少女は「良かった」といった表情を残したまま、裏亜の方へと顔を向けた。


 「こーら、有緋 それもいいことだが、自己紹介をちゃんとしろよ?」

 「あ、そうだった。 それじゃあ改めて、私は《鶫谷つぐみや 有緋あるひ》です。これから、よろしくお願いします。 名取お兄ちゃん」


 俺から一歩後ろに下がり、身だしなみを整え真っ直ぐな瞳で少女はフルネームで自己紹介をした。純粋無垢で小さな体と繊細な顔と髪。どこを取っても、こんな子は他にはいないだろうと思わされてしまう程に改めて視界に写した、有緋という少女は可愛く、でたくなる裏亜の気持ちもよく分かった。それに、妹属性を秘めた彼女の立ち位置はズルいと言わんばかりに、ぴったりと合っており、《ロリコン》や《アニヲタ》が今、この場にいたとしたら、何かしらのあやまちが起こってもおかしくはないのではないかと思ってしまう。


 だが、そんな考えも彼女を見たらきっと、失せるだろう。


 水色の髪に合わせる様に着ている服も薄い水い色をしていて、メイド服を私服にアレンジ多様なその服は両肩にフリルをあしらい、胸元に青くて大きなリボンが特徴的な衣装だった。上から下へと視線をずらし、それは徐々に異変を起こし始める。生地にあしらわれた赤い斑点の様なモノが、みぞおちの辺りから始まり、それは腹部に移る頃には咲き誇る赤い花を咲かせていた。とても刺繍のそれとは思えない、その赤をはっきりと捉えた時、俺は再び鼻に鉄の匂いを思い出す。


 (・・・・・・まさかな?・・・・・・・・・・違う、その考えは違う。・・・目を背けるな、それはどうみても______)


 上下を瞳孔だけで追って、足先までを見る。スカートの先に着いたフリルの至る所に赤いしみが見え隠れを繰り返す。靴下は暗い色という事もあって、判断はできなかったがそれでも俺には確実なモノが見えた。



 ________有緋が持っていたアイスピックから一滴の赤い液体が滴り落ち、床に敷いていたカーペットに静かに沈み込み、にじんだ________。



 「あれ?私、何か間違えたかな?」



 そして、聞こえるはずの声は意識が完全にそれた俺には届くことはなく、ただじっと《血の様に赤い》がキョトンと俺を見つめているだけだった。


 

 


  


 


  


 

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