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ブラック・キャンバス 偽りのエミュレーター   作者: キット
舞い降りた青
5/14

儚い彼女の育てかた

 授業終わりの放課後の校舎に夕日が躍る。


 生徒のいなくなった教室には俺と雲雀ひばりの二人だけが残り、机に出した《一つの思いの塊》とスマホ、ライトノベルなどの非勉強道具を投げ出していた。


 「浮かない顔だな?名取」


 楽し気に俺の顔を見てそう発言する雲雀は机に置かれた、()()をまじまじと見つめ、笑っていた。


 「人を馬鹿にしたようなその笑いをやめろ・・・・・・。はぁ、何でこんなことに・・・・・・現実は二次元と違う・・・か」


 突っ伏した机に閉じた瞳の中で俺は、ぼやく様にそう言葉を発していた。たった一通の手紙。もっと言えば、たった一回かもしれない転機(チャンス)を俺は自らの手で捨ててしまったのだ。それも、盟友と言える友の手によって。


 「そういえばお前が唯一興味があるモノってこれだったよな」


 雲雀は俺の落胆した様子を無視するかの如く、机に置かれた小説を手に取った。


 「こういうのの一体どこが面白いんだ?」

 「雲雀には一生かかっても分からないんじゃなのかな?特に女の子に興味が無い、お前には」

 「そうか?」

 「あぁ、絶対。それに、俺が興味あるのは何も、小説だけじゃないぞ?というか、表紙に魅かれたって言った方がいいのかな?」


 俺の言葉を聞くや否や、雲雀は手に持ってパラパラとめくっていた本を閉じ、表紙の面に目をやった。


 「長い黒髪に学生服・・・・・・はぁ、お前はこういう女が好きなのか?」

 「そう言うわけじゃないけど、何と言うかイラストを描いた人に憧れてるんだよ」

 「イラスト?というと、この小説の口絵や挿絵の事か?」

 「まぁ、そうなるかな。もちろん、小説自体も面白いけど、俺にはイラストの方が印象深いな」


 それは、ふと立ち寄った書店で手に取った、《ライトノベル》だった。普段は本などあまり読まない俺なのだが、その時だけは違っていた。視線の端に一瞬だけ映った、それにかれるように俺は気づけばその本を手に取っていたといっても過言ではない。刊行は十数巻までされていて、並べられた表紙の色彩豊かな光景に目を奪われていたことを今でも覚えている。

 その日を境に俺のかばんには、いつも小説を携帯するようになった。


 「あれ?二人ともこんな所で何してるの?」


 いつからそこにいたのか、いつから俺達を見ていたのか。

 不思議そうな顔でこちらの会話に入ってきた、青いカラスは今もその眼差しを継続して送って来ていた。


 「切峰きりみねさん!?いつからそこに?」


 咄嗟に声を上げた俺は椅子から転げ落ちそうになる一歩手前で踏みとどまる。


 「あ、大丈夫!?ごめんね、驚かせてしまって・・・。でも、安心して私は今来たばかりだから」

 「そ、そうなんだ・・・・・・」

 (さっきの話、聞かれてなかったのか・・・良かった)


 一息入れ、体制を整えなおし早々に机の物を無作為に片付ける。だが____


 「へぇーなるほど。名取君って________」


 遅かった。ほんの少し遅かった。

 切峰さんに見られても別に事が大きくなるわけでも、話を広められるわけでもないという自身の有利的確信が「落ち着け!」と言っている。しかし、何とも言えない気持ちとそれを見られたという変えられない事実が俺に後悔を誘う。


 「切峰雪紗さん、それは何かの間違いだと俺は思うけど____ん?」


 雲雀が俺の事を助けるようにサポートをする。でも、そんな雲雀の発言の最後が何故か、疑問形だったのは何故だろう?そんな、不確定な要因が重なり俺の脳内は思考飽和(エラー)を起こしかけていた。


 切峰さんの次の発言を感じた時、俺はすぐさま目を閉じ耳をふさごうとし_______


 「【儚い彼女ヒロインの育てかた】、名取君って、こういう本を読むんだ?意外だったな」

 

 聞こえてきたのは俺の持っている小説の題名だった。本当ならここで、《恋文》云々(うんぬん)の話をされ茶化されるのが妥当なラブコメ的展開なのだが・・・・・・今だけは現実と二次元の違いに感謝するしかなかった。


 「う、うん。そうなんだよ。()()から借りてるんだっ・・・!」


 威勢良く放った言葉と同時に、物凄く鋭利な視線を感じたが今は気づかないフリをしておこうと思った。


 「と、所で切峰さんは部活とか行かなくていいの?」

 「え?どうして?」

 「ほら、切峰さんは弓道部でしょ?だから、行かなくていいのかなって!?」


  確証はなかった。だが、それ以外に彼女が入部しうる部活に当てがなかったのが本当のとこだ。


 「_____そういう二人は?」

 「俺達は・・・・その、キタク部だから_____」

 

 上手くいったのか?という、疑問だけが残る。その時____


 「・・・・・・名取君、ちょっといいいかな?」


 思いつめた様な顔で彼女は俺に尋ねてきた。


 「いいけど、何か聞きたいことでもあるの?」

 「____ここじゃ・・・ちょっとね?だから、前の用具室でも、いいかな?」

 「え・・・あっ_____」


 目をやった雲雀は小さくうなずいた。


 「いいよ。それじゃあ、行こうか」

 「うん」


 _____________________________________


 いつもの様に鍵を閉め内部と外部を遮断した俺達は静かな室内で二人っきりになった。予想できる展開はいくつもあるが、彼女の声と顔を見る限りでは、まずそれはないだろう。扉に背を向け立つ俺と向かい合う形で少し下を向いた彼女はゆっくりとその顔を上げ、口を開く。


 「言わないで」


 一言。ただ、一言。

 五文字の言葉が心を突く様に発せられた。

 張りつめた空気が一気に凍る。体感的な肌寒さを覚える様にそれは、この一室を包み込む。


 「____どういうこと?」


 慎重に間違えない様に問いを返す。


 「私が弓を使えることは言わないで」

 「____え、それって何か理由があるの?」

 「ごめん。それは言えない。本当、理由も言わないで一方的にお願いする何て、虫が良すぎると思う・・・・・・でも_____」


 理由はいらない。謝罪もいらない。だって、彼女の今にも泣きだしてしまいそうなその顔が十分と言っていいほど、俺に謝っていたのだから____


 「理由は聞かない。謝罪もいらない。だから、その代わりにいつもの君でいてくれたらそれでいいよ」


 簡単で気休め程度の心の言葉を投げかける。それは、寒空の下で大切な人の肩にそっとコートを羽織らせるように____。


 「_____うん・・・うん。ありがとう」


 自分の気持ちに納得はしていないのかもしれない。だけど、今はそれでいいと彼女自身が納得したのだろう。だからこそ、その泣き顔を無理やり笑顔に変えられたのだと思った。


 それから、俺と彼女は中身の入っていない砂時計が支配する時間の中で過ごした後、静かに部屋を後にした。


 _____________________________________


 一人教室に残された雲雀は机に置かれた小説に手を伸ばし、眺める様にそれに再度、目を通していた。いつしかそれを閉じた雲雀は小説を頭上に掲げる様にして、ある名前に目をやった。

 感情も感性もぎ澄まされた彼には、持ち主の心意が読み取れていた。自覚は無くても、深層意識が既に答えを出していると思ったからだ。


 「深咲みざき 暮人くれひと____か。名取、お前_やりたいことはもう決まってるんじゃないのか?」


 見慣れない名前に微かに感じた嬉しさ。どういった要因が雲雀の心にそんな感情を芽生えさせたかは分からない。けれど、そんなことはどうでもいい______。


 ________教室に戻った、俺の目に映った雲雀の口元が少しだけ緩んでいた。


 


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