1-8.無血の勝利
「さーてこれでクソゲーともお別れ、撤収撤収!お疲れ様!」
にこやかな顔でそう言いながら、ジンはゲーム機とモニターを片付ける。
彼が手を触れると、その手のひらへと吸い込まれるように消えていった。
彼の能力はどこにでも自由にゲームをプレイする環境を召喚し、それを自由に消すことも出来るのだ。
後始末も終わったことだし、そのままそそくさとこの場を去ろうとするジンだったのだが、
「うわああぁぁ~~~~!!」
悪魔レヴィアタンがその身体にしがみつき、両手でポカポカと殴りかかってきた。
が、ジンの身体はびくともしない。
「本気で殴ってるのに微動だにしないぃ、本当に我の力を奪ったというのか~!」
「そうだ。これでもうあんたはさっきみたいな大量破壊は出来ない。
この街を水に沈めるなんてことは諦めるんだな。この結果はあんた自身で選んだものなんだから潔く現実を受け入れろ」
「そ、そんな……」
またしても泣き出しそうな顔の悪魔。
だがそこをなんとか堪えて、レヴィアタンはなおもジンに喰らいつく。
「冗談ではない!ニンゲン如きがよくもこんなことをしてくれたな、この責任は取ってもらうぞ!」
「せ、責任って……別に何も出来ないような非力な身体にしたわけじゃないんだ。
例えば街の人達と一緒に真面目に働いて稼ぎを蓄えれば、生きていくことだって出来るだろうさ」
「何を言う!この顔を見てみろ!」
そう言いながら、レヴィアタンは人差し指で自分の顔を指差した。
そこには、人間のように見えなくもないがその実人間のそれとはまったく違う異形の顔があった。
能力がリセットされ弱くなったと言っても、外見まで変化するわけではないのだ。
「あー……」
「悪魔である我がニンゲンと溶け込めるわけがなかろうが、これから一体我はどうすればいいのだ!」
これは切実な意見だ。
このままでは彼女は行き場もなく路頭に迷ってしまう。
これにはさすがに申し訳ないことをしたと、ジンも頭を掻く。
「……分かった。元々あんたへのアフターケアも怠らないつもりだとさっきも言ったしな。このまま他の人間に殺されでもしたら、俺としても夢見が悪い。
ってことであんたの言う責任とやらはしっかり果たす、面倒はちゃんと見るよ」
「『面倒』ってなんだ『面倒』って!」
「なんだよ嫌なのか?」
「そうは言ってないだろう!いいから早くなんとかしろ!」
急かす悪魔に、ジンは一度小さく頷いてから応えた。
「よし、じゃあもう一回ゲームするか!」
「ひぇぇぇぇっ!?な、何故そうなる!?」
先程のクソゲーが余程堪えたのだろう、彼女は完全に怯えきっている。
「まぁそうビビるなって!いいか?今あんたがプレイしたのは『クソゲー』だ。
だが世の中にはな、俺みたいなろくでなしが片手間で作った度し難いクソゲー以外にも、他にゲームはたくさんあるんだよ。
多くの創作者が心血を注いで作り上げた名作の数々がな」
「なに?」
レヴィアタンの眼の色が明らかに変わった。
「ゲームは本来やってて楽しいことだ!俺が一つ今回失敗したのは、あんたにその本来の喜びを教えてやれなかったこと。これからその失敗を帳消しにする。
クソゲーの次は『神ゲー』だ!あんたには今から、俺がこれまで遊んだ中でもっとも面白かったゲームのひとつをプレイしてもらう」
「か、神ゲー…………!」
悪魔の瞳がまたきらきらと輝きだす。
どうやら彼女の心に、初めてゲームという概念に触れた時の情熱が蘇ってきたようだ。
自分の能力を奪われたことへの恨みなど、すっかり忘れ去ってしまっている。
「(やれやれ、ひとまずこれでこの事態も収束してくれるか……。まずは使命達成への第一歩だな)」
ジンはほっと胸をなでおろした。
かくして悪魔の手によって滅ぼされようとしていたレンビッツの街は、血の一滴すら流れることもなく救われたのだった。