1-7.悪魔の敗北
※※※
悪魔レヴィアタンがゲームをプレイし始めてから、数時間が過ぎた。
勇者【れう゛い】は幾度となく【きめら】にボコボコにされながらもなんとか街に到着。
それから多くの困難と苦痛(主に精神的な)を経て、なんとか北に救うという魔物―――このゲーム最初のボスである【こ゛ーれむ】と相対していた。……のだが。
「なぁ、ジンよ」
悪魔が、傍らで自分のゲームプレイを眺めている男に呼びかける。
その目からは最初の頃に輝いていた情熱とやる気の炎は完全に消え失せていた。
「どうした?」
「我もこの最低最悪のこの世にあってはならない呪いの具現化がごとき代物をもうずっとプレイしているのだ。これがどういうゲームなのかはそろそろ分かってきた」
「そうか」
「この【ごーれむ】な。こちらが攻撃するとな、ダメージが4とか5とか6とか、少しだけ変わるだろ?」
「そうだな。それを『乱数』と呼ぶ」
「なるほど乱数ね、はいはい覚えた覚えた。
で、こやつの攻撃は強い。こちらも【あいてむ】や【まほう】でHPを回復させることはできるが、その回復量よりダメージが上回るのだ。
だから回復したところで結局行動を一回分無駄にすることにしかならない。
こちらがやるべきことは、ひたすら【たたかう】で攻撃し続けるだけだ」
「うむ、そうだ。下手に回復して延長戦を挑むのは悪手だ。早めに気づいてよかったな。あんたこのゲーム上手いね」
心にもないお世辞には、もう反応する気力すらない。
「でな、この【ごーれむ】な。汝の言う乱数が悪いと、先にこっちのHPが尽きて絶対勝てないよな?」
「その通り!つまりいい乱数を引くまでひたすら戦い続けるしかないわけだな!」
「『わけだな』じゃないよ~~~~!ふざけんなよ~~~~!」
レヴィアタンは涙を流しながら慟哭した。
この数時間、勇者【れう゛い】は幾度となく死んだ。
その度に彼(?)を操るレヴィアタンは容赦なく襲いくるクソゲーの理不尽さに精神を削られてきたのである。
その上での、これであった。
彼女は鼻を啜りながら、まるでそれをするためだけに産まれてきたかのようにただ黙々とひたすらコントローラーのボタンを連打し続ける。
そうして。
【れう゛い の こうけ゛き !
こ゛ーれむ に 4 の た゛めーし゛
こ゛ーれむ の こうげき !
れう゛い に 12 の た゛めーし゛!
れう゛い は しんて゛ しまつた】
こうなる。
「~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
レヴィアタンは声にならない声をあげながら、その場で頭を抱えてうずくまってしまった。
そのまま固まって動かなくなる悪魔に、ジンがおもむろに声をかける?
「おやおや~??勇者【れう゛い】、ゲームはまだ終わっていないぞ?」
「……―――だぁ」
小さなくぐもった声が聞こえてくる。
「よく聞こえないなぁ、なんだって?」
「……もうやだぁ」
「ん?『もうやだ』というのは??」
「……クソゲーやだぁ」
「 ん ん ん ん ? ? ?
『クソゲーやだ』というのはつまり、もうこのゲームをプレイしたくないということなのかな????」
「む゛がつ゛く゛こいつホント!」
悪態を尽きながらも、思わず頷きそうになるレヴィアタン。
しかしそこにすかさず追い打ちをかけるジン。
「ということは、リタイアして能力リセットを受け入れるということだな?
いやぁ~さっきのあの鉄砲水はすごかったなぁ、畑が真っ二つだったぞ!
あれがもう見れなくなるなんて残念だなぁ!」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!!」
呻き声をあげて号泣する悪魔。
その涙は地面に溜まってちょっとした水たまりを形成しつつあった。
「あぁ、悪かったよ意地悪が過ぎたな。俺だって街の人達を殺されるわけにはいかない。どんな手を使ってでもあんたを止めなくちゃいけないかったんだ。
でも、俺の作ったゲームをプレイしてくれたことに関してはあんたに感謝もしているんだ。
大丈夫。例え能力リセットされたとしても、あんたが自警団にやられないように俺がなんとかするさ、心配するな」
その、これまでの舐め腐ったような口調から一点した優しい言葉が、トドメの一撃になった。
レヴィアタンはゆっくりと丸まった身体を戻して顔をあげる。
「じゃあ、もういいよ……こんなのやめる」
その顔には、最早数時間前の厳めしさは微塵もない。
ちなみに自警団や街の人々はとうの昔に飽きてどこへなりと散り散りになっていた。
この場に残っているのはジンとレヴィアタンだけだ。
「よし、リタイア確認!電源OFF!」
声高らかに宣言しながら、ジンはゲーム機本体の電源を落とした。
モニターが消える。
あぁ、ゲームが終わる。クソゲーから解放される。
そんな思いに、身体から力が抜けるのを感じるレヴィアタン。
身にしみるような安堵感と同時に襲いくるのは、それと同じだけの虚無感であった。