1-3.【なまえ を えらんて゛ くた゛さい】
※※※
レンビッツの街に降り立った悪魔 レヴィアタン。
それが今、一人の男と対峙している。
「げぇ、む……だと?」
「そうだ。あんたにはそれで遊んでもらう」
繰り返しそう語る男。
しかしその言葉を、悪魔は一笑に付した。
「ハッ、何を言うかと思えば。こんな得体の知れない箱と板で?遊べと?
ヒトの考えることはほとほと分からんな。えぇ?我が前に立ちながら名も名乗らぬ無粋者よ」
「あ、これは申し訳ない名前を言うのを忘れていた。鍋島 神だ」
のんきに自己紹介する男を、悪魔は睨みつける。
「今更名など聞くものか。血の溜まった革袋が口を開くな。
もうよい、せっかくの余興に水を差すような者はこの場に要らぬ。今すぐ死ね」
そう吐き捨てながら、―――
「よっこいしょ」
謎の箱の前に腰を下ろすレヴィアタン。
「 あ っ れ ぇ ~ ? ……な、何故だ?」
素っ頓狂な声をあげて困惑する悪魔に、ジンと名乗る男は言う。
「そういうわけにはいかん。この街を襲おうっていうのなら、まず先にそれを遊んでもらう。これは絶対だ、拒否権はない。嫌なら今すぐここから帰ってくれ。
あんたが選択できるのは、『ゲームをプレイする』か、『せずに帰るか』。
それだけだ」
「馬鹿な……!」
そんな馬鹿なことがあるか。
そう思いながらも、レヴィアタンの身体は男がゲームと称するこの謎の物体から離れることができない。
今すぐ立ち上がってあの小生意気なニンゲンを殺してやろうとしても、深く地に落ち着いた腰が上がってくれない。
「(暗示か催眠術の類かッ?
よもやこの我がニンゲン如きにここまでされるとは、屈辱の極みだが……)」
実際問題身体が思うように動いてくれないのだから仕方がない。
こうなれば、男の言うとおりにするしかないようだ。
もちろん、『帰る』方を選ぶのではない。
これを『遊んで』、それから殺す方だ。
「よかろう。汝の戯言に乗ってやる。このゲームとやらを遊べば、この怪しい術も解けるのだろう?」
「その通りだ」
「ならば、然るべき後に汝は我が思いつく中で最も醜い方法で殺す」
「……」
「…………」
重苦しい沈黙がしばらく流れる。
こうなればゲームとやらをプレイするしかない。それはいい。
それはいいのだが、
「……いやそもそもだがな。これはどうやって遊べばいいのだ」
「あ、その辺は大丈夫。そこに説明書が置いてあるから、それを読めば大体分かるよ」
「あ、なんだ何の紙切れが捨ててあるかと思えば指南書のようなものだったのか。えーっとどれどれ」
レヴィアタンはゲームの横に置いてあった紙製の説明書を手に取り、それに眼を通す。
「……えー、っと?『コントローラー』?この紐みたいなものでつながってるやつのことか。『Aボタン』『Bボタン』、ねぇ。
馴染みのない言葉ばかり書いてあるが、まぁ意味は分かる。悪魔は聡明であるが故なぁ」
誰に対する自慢かも分からない独り言をつぶやきながら、ページをめくる悪魔。
男の妖術にかかった以上従うしかないと諦めているのか、あるいはなんだかんだいってこの不可解な物体に興味があるのか、悪魔は黙々と読み進める。
その途中、
「ジンとやら、ここに書いている物語のようなもの。これは一体なんだ?ニンゲンの伝承か何かか?『魔王を倒す旅に出る勇者』などと……、
よりにもよって悪魔である我に対して喧嘩でも売っているのかこれは?」
「ちゃんと名前覚えてくれたんだね案外律儀!それはあれだよ。このゲームのストーリー。その物語を題材としたゲームをこれから遊んでもらうんだよ」
「ん、ということは?……我はこれからこの『勇者』になるのか!はははははは!悪魔が勇者に!?はははははは馬鹿げてる、あり得んだろそれ」
大声をあげて嘲笑う悪魔。
が、それに対しジンはこれみよがしに肩を竦めてみせた。
「あり得ないことをあり得るようにするのがゲームなんだよ。
分かってないなぁあんたは」
「…………」
腕を組んで得意げに語るジンを、じろりとにらめつける悪魔。
「よかろう、やり方は概ね理解した。『ゲームスタート』だ!本体のスイッチを、……えーっとこうやって、ON」
今しがた丘を一つ切り裂いて見せた悪魔が、謎の箱―――ゲーム機本体をぺたぺた触って電源スイッチを探す。
その仕草はどこか滑稽なものだったが、当人(当悪魔?)はそれに気づかない。
次の瞬間、前方のモニターが点灯する。単なる黒い板でしかなかったものに光が灯り、そこに突如として絵が浮かび上がってきた。
ゲームのタイトル画面だ。
【FANATIC FANTASIA】
「おー」
思わず感心の声をあげる悪魔。
危うく自分の本来の目的を忘れそうになっている。
「よし、【はじめから】」
コントローラーのボタンを押すと、画面が切り替わる。
【なまえ を えらんて゛ くた゛さい】
「『なまえ』?なるほど勇者に自由に名前をつけられるのだな?折角だ、この我の名にしようではないか。……えーっと『れ』」
画面に表示されたひらがなの一覧にカーソルを合わせ、一文字ずつ選択していく。
【れ】
「『う』」
【れう】
「『てんてん』」
【れう゛】
「『ぃ』……あれ、ちっちゃい『ぃ』がないな。しょうがいない、『い』」
【れう゛い】
順調に名前を入力していく悪魔。
しかし。
「『あ』」
【れう゛あ】
「ん?????……『た』」
【れう゛た】
「んんんん???????……ジンとやら!おいジン!!」
レヴィアタンは大声でジンを呼んだ。
「やれやれ今度はなんだ?」
「なんか、名前入力できないんだが」
「あぁ、それ四文字までしか入れられないんだよ。四文字以上入力しようとすると途中で割り込んでくる。ちなみに濁点は一文字扱いな」
「えっ、それじゃあ『レヴィアタン』って入力できないではないか!?」
「そうだなぁ。だからこの場合は『れう゛い』で始めるしかないな」
「えぇ、なんだよそれいきなり出鼻くじかれた……」