4-3.不安
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その日の夜。
エルフの里に響く賑わいの声は、ほとんど騒音と表現してもいいものだった。
ジンの荷台に積まれていた食糧はそれなりの量である。集落に集まった難民達全てになんとか行き届いたようだ。
彼らにとっては、オークの襲撃からこれまで何もかもが不足していた中での、久しぶりのまともな食事だ。その喜びをひとしおだったのだろう。
ジン達もまた、へニュの自宅に厄介になりながら、彼女が振る舞ってくれた料理を頂いていた。
木の幹をくり抜いて作られた器に満たされたスープをずるずると啜り舌鼓を打つジン。
「いやぁ身にしみるな。へニュさん料理美味いよ」
「いやぁ。そ、それほどでも……」
「それに、味付けもしっかりしてるな。香辛料か何かを使ってるのか?」
「はい、時折森にやってくるヒューマンの使者から提供されたものです。
元来我々エルフには食物に味をつけるという発想はありませんでした。
これもヒューマンと関わりを持ってから知ったことです。
彼ら―――いえ、アナタ方は我々の知らないものを多く知り、我々にはない文化を持っている。エルフも、それに何度も助けられて来ました。今回だって……」
言いかけた途中で、へニュは思いつめたように顔を伏せ、しばらく黙り込んだ。
そうして顔を上げたその面持ちもまた暗いものだった。
「ジンさんは、オーク達を殺めるのでしょうか」
「それは、どういう……まるで殺めるのが良くないことみたいな口ぶりだが」
まさか、オークは撃退するべきだが、実際のところは殺したくはない、とでも言うつもりだろうか。
どうやらその『まさか』らしい。
へニュは訥々(とつとつ)と言葉を続ける。
「我々エルフは、この世界に生まれ出たその時より、明確に他者を殺めることを目的としたことはありませんでした。
勿論、糧食を得るために狩りなどはします。しかしそれも、自分達が生きるためです。『戦争』というものを、ワタシ達は経験したことがないのです」
その言葉に、レヴィアタンが食いつく。
「外敵を殺すことは狩りとは違うと?『生きるため』というならどちらも同じではないか」
「そうです、その通りです。我々エルフという種が生き残るためには、オーク達と戦って、殺めなければならない。
実際、ワタシの仲間の中にだって、怒りにかられ敵を討つ決意をした方も大勢います」
集落を訪れる前、ジンの馬車を取り囲んだ者達などがそれだろう。
「ですが、彼らの様子をお二人も見たでしょう。焦りにかられ、眼は異様にギラついている。目に映るもの全てに敵意を向けている。
彼らだって、本来はあそこまで血気が盛んではなかったんです。オークが現れて、戦うことを決めてから、みんな変わってしまった」
へニュの言わんとしていることがなんとなく分かってきた。
結論をつけるように、ジンが彼女の言葉に続く。
「ここでエルフ全体が意思を固めてオークに抵抗すれば、あるいはもう少し長く生き残れるかもしれない。
そうすれば、いずれは人間の救援も来て敵も撃退できる。エルフという種を存続させられる。……けど、本当にそれでいいのか。
あんたはそれを考えているわけだ」
あくまで狩猟という形でしか生命を奪ったことがない温厚な種族であるエルフが今、明確な殺意を持って戦うかどうか。
これはその瀬戸際の問題なのだ。全てのエルフが重要な選択を迫られている。
事態は、ただある種族が別の種族に脅かされているという単純な話なのではない。もっと切実なものなのだということをジンは察した。
木製のテーブルに置かれたへニュの手が、僅かに震えているのが見える。
「殺意と憎しみを持って戦えば、生き残る希望はある。
でも、もしそうやって存続してしまえば、ワタシ達エルフという種そのものが大きく変わってしまうような気がして、それが怖い。
不甲斐ない話ですが、ワタシはまだ、オーク相手に矢を放ったことがない。もしそうなった時に、敵を殺せるかどうか自信がない。恐ろしいのです。
一度相手を殺して物事を解決すれば、これからも同じことをワタシ達はしてしまうかもしれない。
もっと他に方法があるのに、誰かを滅ぼすことしか考えられなくなるかも。
……傲慢な考え方ですよね。こんなことなら、我々はこのまま潔く滅んでしまった方がいいのかもしれませんね」
絞り出すようなウリの声。
外の喧騒は、彼女の苦悩のことなど知ったことではないとでも言っているかのようだ。
あるいは他のエルフ達も同じことを考えているのを、久しぶりの恵みにはしゃいで忘れようとしてるのかもしれない。
しばらく続いた沈黙を、ジンの声が破った。
「いや、それでいいんだよ。
さっきの質問に対する応えだけどな、『NO』だよ。俺はオークは殺さない」




