Episode8・戦いは終わり…
目を瞑り、現実から逃避する──
なぜだか、時間はとても長く感じて、真っ暗なはずなのに、一瞬強い光が射した気がした。
死との直面で感じたものは……恐怖──なんかではなくて、無力感とでもいうべきなのだろうか。
全てを投げ出して、現実を受け入れて、あとは死ぬだけ。
──もう、何も考えなくていいや。
……………………………………………?
痛みを感じない、死んだのか?
──否。死んでしまったのなら……そんなことを思考することさえ不可能だろ。
ならばこれは……
ぱんぱんと、胸元を叩かれる感覚。
「ゆーちゃん……」
凛の声だ──なんで凛の声が聞こえる?
そうか……
そうだ──俺は、生きている。
そっと、どこか遠い世界から戻ってくるように目を開く。
凛が、俺の腕の中で顔を赤く染めて、じっと見つめてきていた。
「ゆーちゃん……恥ずかしいから……」
「わっ、わるい!」
急いで俺は腕を離す。
あんな状況だったとはいえ、なんて大胆なんだ俺!
「どうなったんだ?」
無数の刃は、もうどこにもない。
床には、赤い液体が無造作に散らばって、血だまりを作り出していた。
「完全に……眼中に……なっ……かったです……わっ……」
声の主の方へと目を向けると、そこには狂人──リズが眩い光の十字架に張り付けられ、残った左手、両足には、同じ光で作られた矢が刺さっていた。
「やるじゃないの、あいつ」
「あいつって?」
他に誰かいたっけな?
「ミラーナよ。居たの?って感じだわ」
「完全忘れてた!」
言われてみると……と思い視線を彷徨わせると、やや遠距離に彼女の姿はあった。
リズへと手を向け、その手からは、魔術を唱える際に発生すると思われる、見慣れた光が。
そして、その隣には、痛々しげな姿で、立っているのがやっとといった様子のセシリー。
「形成逆転、っと」
俺は立ち上がって、動くことのできないリズへと近づく。
きっ、と鋭い眼光で睨みつけてくる。
全く……どこまでもプライドがお高いことで。
「寝てろ──」
全身に残っていた力全てを込めて、リズのみぞおちへと正拳突きをぶち込む。
リズの意識は、すぐに飛んで、首はがくんとうな垂れる。
「ミラーナー!気ぃ失ってるからもういいぞ!」
光で形成されたモノは、瞬時に形を失くし、無造作にリズは床へと投げられる。
命がけだった戦いの終わりに俺は安堵する。
安堵すると同時、体の力は抜け、視界が暗転していった──
やっと、終わったんだな──
───どこだここ……?
ぼやけた視界はだんだんと鮮明になっていく。
体に染み付いたソファーの感触。
「おれんち?……いてて」
ゆっくりと体を起こす。
少しな動作でさえ、身体中が痛い。
貫かれた肩には包帯が巻かれ……他の場所の痛みは、どうやら筋肉痛のようだ。
無理もない。あそこまでの激しい運動はさすがに慣れてないからな。
「あ、起きた。もう大丈夫なの?」
「ああ。まだ体が痛むけど……もしかして俺、気絶したのか?」
「そうよ!ビックリしたんだから!」
「そっか」
どうやら、俺はあのあと疲れて意識を失っていたらしい。
3人からその後のある程度の説明をされる。
セシリーの邸は壊滅状態、重傷者多数。幸いなことに死人は出ていないそうだ。
あの場所に滞在するのは難しいと判断した結果、凛が俺を、ミラーナがセシリーをこの家まで運んでくれたらしく、今に至る。
セシリーは、しばらくここにいさせてくれないかと頼んできたので、迷うことなく許可した。
「なぁ……気になってたんだが、ミラーナ。そのタンコブどうしたんだ?」
びくりとミラーナは肩を震わせる。
ちら、と一瞬、凛の顔を見た──そうかそうか。凛にやられたんだな。
「分かった、なんとなく分かってたけど。お前も大変だな」
「ねぇ、なんかあたしが悪者みたいになってない?」
「いや……どっちもどっちだと私は思うのだが……」
凛がちょっと不機嫌そうに言うと、セシリーが仲裁に入ろうとする。
何があったのかは知らんが、気になる。
「俺も気になるから聞こう」
「別に大した話じゃないですよ〜!」
慌てた様子で阻止するミラーナ。
基本マイペースそうなこいつが慌てるってなんか珍しい。
これは絶対……
「なんか隠してるだろ……?」
「いえいえ〜隠してなんか〜」
「──はーん?あんたのせいであたしたち死にかけたんだけどねぇ?」
は──?
「まてまて、どういうことだよ?」
セシリーはなぜか苦笑していた。
凛は、若干お怒りの様子で口を開く。
「ゆーちゃんが寝てる時にこのアホから聞いたこと話すわね。まず、あたしとゆーちゃんが死にかけていた時、こいつに助けられた。それは事実。でも、なんか疑問に思うことない?」
疑問……?考えてみてもわからない。
助けられたのは事実だし。なんだろう。
「特にないかな」
「そう?なんでもっと早く助けなかったとか思ったりしない?」
「言われてみれば、そうだな」
ミラーナの顔はみるみる真っ青になっていく。
なんか、悪さがバレた子どもみたいだな。
「じゃあ、なんですぐに助けなかったか考えてみて!」
「それは……あれだろ?あいつ、あの変なカチューシャつけてて最初は魔術効かなかったし……ん?でも言われてみれば結構早い段階であれ投げ捨ててたな」
こくこくと頷く凛。
まるで授業でも受けているような気分だなこれ。
「そう。あれを取らないと自分も魔術を使えない、だけど相手の魔術も攻撃可能にする。だからその段階で、本当はミラーナも戦闘に参加できていたはずなのよ」
「なるほど、ようするに……」
「あんた、ちゃんとゆーちゃんに言いなさいな。ゆーちゃんビビって泣いてたんだから」
「な──────っ⁉︎ ちがっ!あれは──!やめろおおおお!」
みんなこっち見てんじゃねーか!
羞恥で顔が真っ赤に染まっていくのがわかる。
くそう!それは禁句だろ!
ミラーナじゃなくて俺が一番ダメージ受けてるよ今⁉︎
「すぐに助けられなかったのは〜……えっと〜」
「なにかあるならちゃんと聞いてやるよ」
俺は暴露されたことに挙動不審になりながらミラーナの言葉に耳を傾ける。
「怒りません〜?」
なんだ、そんな可愛い顔するなよな。惚れちまうじゃないか。
「うん。怒らない」
優しい言葉で答える。
「実は実は〜、突然眠気が襲ってきて……直前まで寝てました〜」
タンコブ追加あああ──っ!
「怒ってるんじゃないぞ。これは俺の涙のぶんだ」
「ひどいですよぅ〜」
涙目になるミラーナ。
何してくれてんだ!全く。
「まぁでも、みんな無事でなによりだな」
3人とも頷く。
「何か忘れてる気がするけど、疲れてるし、俺はもう一睡しようと思う。狭いけど、この家適当に使ってくれ」
そうみんなに告げて、寝室へ向かおうと歩き出したそのとき──
リビングの隣のにある和室へと繋がる襖が開き、聞き覚えのある声が部屋に響いた。
「全く、騒がしい連中ですわ。こんな阿呆どもに負かされたとなっては私はもうお終いですわね」
平然とした面構えで和室から登場したのは、あの忌まわしき狂人、リズ・スペルビアだった。