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Episode6・狂人

「仲良しこよしはその辺にしていただきましょう。わたくしの名は、リズ・スペルビア。死してなお忘れられない恐怖をその身に刻んで差し上げますので、よーく覚えておいてくださいまし」


リズ──そう名乗った暗殺者は、狂気に満ちた笑みを浮かべ、手にしていた短剣を脇に挟み、ゴスロリスカートの端をつまんで深く一礼する。


「ロウフェリアス!もう1つの刀はどこ?今からあたしがとってくるまで時間稼ぎしなさいっ」


「こんな状況でなければ名前で呼ばれたいのだが……この部屋を抜け、廊下の左の突き当たりの部屋だ。師匠、ここは私が引き受ける」


「まかせたわよ。しっかりと……ミラーナはともかくゆーちゃんは守りなさい!」


そう言うと、凛はダッシュで壊された扉へ向かって駆け抜ける。


「わ、私は別に自分で身を守れますけどね〜」


そんなことを呟きながら、ミラーナは凛の背にあっかんべーしている。

凛の目標地点の扉はリズの真後ろ──最悪の配置だ。

リズはニヤリと微笑み、


「そう簡単に通すとお思いで?」


掌で遊ぶように、二本の短剣を回転させながら凛目掛けて急接近する。


「よそ見をするな!貴様の相手は私だ」


「目障りですわ……っ」


横から放ったセシリーの斬撃がリズの頬を擦り、流血させる。

こんな状況下、俺にできることはなんなのだろう……

──これは。使えるかもしれない。

目にとまったある日常品、状況によっては使いようがあるはず……。


「ミラーナ、火は使えるか?」


「はい〜万能ですから〜」


今は動けば確実に足手まといになる、隙を見て行動に移る──。


「アハハハハッ。愉快ですわ。この家のネズミたちは誰も彼もが雑魚ばっかりでしたので、貴女のような強者はとても興奮しますっ!」


「外道が──国家警兵剣兵部隊長の私が、この手で葬るっ!」


セシリーとリズは激しい打ち合いをする──。

金属のぶつかり合いで火花が散る。

俺が先に見た木刀の打ち合いとはわけが違う、これは本物の……命の取り合いだ──。

勝負は互角に見える──お互いに傷をつけることができない。が、傷をつけられることもない、攻守均衡状態。


「うふふ、なぜ魔法を使わないのですか?それとも使えないのでして?」


リズは煽るように笑いを浮かべる。

が、セシリーは切り捨てるように返す。


「貴様に教えることは何一つ無い」


「あらあら残念ですわ。では、そろそろ飽きてきた頃ですし、そろそろ刻んで差し上げましょう」


紅い短剣を血に飢えた獣のように舐めずり回すリズ──もはや人間とは言いがたいほど狂っている。

リズは途端、セシリーへと背を向け、勢いよく走り出す。


「何を──っ!」


こちらへとくるのかと思ったが、全く別の方へと向かっている。

単にセシリーとの距離をとっているようだ。

セシリーは追いかけるも、どんどん距離は開くばかり──確かこの人、前に街で追いかけてきた時もかなりの鈍足だったな。


「あら〜それで追いかけているつもりですの?ふふふ」


「くっ……何を企んでいる下衆!──こうなったら……魔術剣起動!」


セシリーの手元から光が溢れる。そしてその光は凄い勢いで刀身へと吸い込まれていく。

その様子を、立ち止まったリズは眺めながら──不敵な笑みを浮かべた。

なんだ──?今の笑みは?

俺は一瞬たりとも見逃さなかった、その笑みを……余裕に満ちた表情、とでも言うべきだろうか。

──何か、まずい気がする!


「待て──っ! セシリー!」


力一杯の声量で叫ぶ──


「何か怪しい!魔術剣を止めるんだ!!」


「なんだ──?言っている意味がよくわからんぞ。それにこのままだと危険だ。すぐにけりをつけるから待っていてくれ」


「違う!そいつは何か企んでいるっ!」


セシリーの動きが一瞬止まる。


「小賢しいですわね……あなたから殺して差し上げます──」


リズは形相を変え、俺を睨みつけ、猛スピードで接近してくる。

冷静になれ……俺!

もしかたら、これはピンチであり、──チャンスだ!

思い出せ……思い出すんだ……

奴はさっきからセシリーとの戦闘で首ばかり狙っていた。

そして、初撃も首──ほとんどが横振り。

……つまり、確実に首を狙ってくる──!


「ミラーナ、もう少し頼むぞ」


「はい〜」


どんどん距離を詰めてくる──小柄な女性からは想像できない、猛獣のような威圧を乗せて──

リズは左に持っていた短剣を構える。おそらく一撃で仕留めようとしているんだろう──雑魚おれを。


「簡単にはやられない」


そして──

仕留める間合いまで距離は詰められ──


「さようなら。勇気あるゴミ虫さん」


狂気に満ちた斬撃が首を跳ねるように弧を描き──

まるで、虫でも殺すかのように一振りを──


「残念だったな、予測済みだ!」


うまく作れているかもわからないような、恐怖を押し殺した精一杯の作り笑顔で、下へとかわし──

右手を後ろに回して、隠し持っていたティーポットをリズの顔面目掛け、本気でぶん投げる!


「小細工はおやめに────あああぁぁぁあああッ!」


反対の手の短剣でティーポットを切り割る、が。


「物は切れても液体は切れないんだよ。ばか」


「ドッキリ大成功〜ですねっ」


床を這いずり回るリズ。

そりゃもちろんただの顔面火傷なんてものじゃ済まない……なにせこの中身はミラーナの魔術によって投げる直前まで、すっげー加熱されてるんだからな。


「何度くらいだ?」


「う〜ん、200度くらいじゃないですかねぇ」


そして、その間にセシリーも追いつき。


「凄いぞ……2人とも、よくやってくれた。……リズ・スペルビア。終わりだ」


そう言うと、セシリーは刀を振り上げ──

スパッ、と、肩から右手を切断する。


「ぁぁあああああ──っ!!!!」


「ぅぇ………」


グロい光景に吐き気が襲ってくる……。

鮮血は噴水のように飛び散り、敵ながら同情してしまう。


「貴様からは聞きたいことが山ほどある。大人しく捕まってもらうぞ」


そう告げ、反対の腕も──切り落とそうと、


「あははははははははははっ!あははははははははははははっっ」


「く、狂ったか──」


不気味なほどまでの高笑いをあげるリズに、セシリーは手を止める。


「気味が悪い……魔術で拘束するか」


未だ高笑いをあげるリズに、セシリーは手から光を溢れさせ──


「なぜ止める」


「危ないですから〜」


セシリーの動きを阻止したのはミラーナだった。

俺がさっき止めたように、ミラーナも何か勘付いていたのだろうか?


「どういうことだ?」


──と、セシリーが聞いたその時。


「間に合った……っ」


壊れた扉から戻ってきたのは、刀を手にした凛だった。

そして──全員の気がそちらへとれる瞬間、隙をついたようにリズが起き上がり一気に俺たちとの距離をとる。

がれた右腕から短剣を口で拾いあげ、片方しか開けることのできない左目で、睨みつけてくる。


「みんな聞きなさい。そこでアレクさんから聞いたんだけど、そいつに魔術を使うと体内の魔力を暴走させられるらしいわ。それともう一つ、そいつの弱点はカチューシャよ。カチューシャさえ取ってしまえばあとは魔術でもなんでも好きにしなさい」


「師匠!アレクは……生きているのかっ⁉︎」


「残念ながら長くは持たないと思う……そこの化け物女がアレクさんにトドメを刺す前に自分から口を滑らせたらしいわ、今のこと」


「そうか……よくやってくれた、アレク」


独り言のように呟くセシリー。


「迂闊でしたわ。ゴミクズが……まさかまだ生きていたとは……」


数秒、悲しい表情を浮かべるセシリーだったが、その表情は怒りへと変わる。

リズを睨みつけ、


「気が変わった、狂人。ここで楽にしてやる」


そういうと、リズ向け、攻撃を仕掛ける。

リズは器用に咥えた短剣と左手に握られた短剣でうまくセシリーの剣戟を受け止めている……だが、明らかに競り負けている。

どんどん後方へと体は下がっていく。


「しぶとい、体を動かすのがやっとだろう。貴様のような下衆と剣を交えるなど不愉快極まりない」


「なら……っ!攻撃をおやめになられては……っ!どうですか──」


圧倒的不利な状況下、リズは攻撃を仕掛けようと前に出る。

が、セシリーの蹴りによって数メートル吹き飛ばされる。


「くっ……」


器用な動きによって飛ばされた勢いのまま立ち上がる。

セシリーも、埒があかないと感じたのか──両手を後方へと構え、そして走り出す──


「この構えは……」


凛との木刀試合で見たものだ。


「断ち……切る──ッ!」


あの時とは比べ物にならないほどの唸りを上げ、刀は空気を刻む。

そして……


──セシリーの腹部には、深く、血を滲ませながら短剣が刺さっていた。


「ぐふっ……」


口から吐血し、バタンと地面へ倒れこむセシリー。


「残念でしたわね……経験値が違いますのよ」


セシリーが刀を振る直前、後ろへと退避すると思っていたリズは、なんと前へと大きく踏み出したのだ。

遠すぎても切れない──しかしこの剣技は少しなら距離をとられても、捉えることが可能。

しかし、逆に刀の弱点は──近すぎても攻撃ができないことだ。

リズの咥えていた短剣はセシリーを貫通し、セシリーが切ったものは、空気のみ。


わたくしの、勝ちですわ。残るは……雑魚のみですわね」


全身を赤一色に染めた狂人は……笑う──。

セシリーを見下ろし、笑う──。

俺たちを見渡し、笑う──。


「あぁ……興奮しますわ……っ」


そして──

今にもとろけそうな目で、自分のその所業に、笑う──。

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