Episode5・就職…?
「君たちに……というか、凛さん」
「──?」
「少し聞いてもらいたい話があるのだが……少しうちに来てもらえないだろうか?」
セシリーにそんなことを言われ……
俺たちはいま、セシリーの自宅──否。セシリーナ邸と呼ぶにふさわしい豪華な邸の客間へと案内されていた。
時刻は0時を回る頃。すっかりと空は闇色に染まっていた。
装飾の施された、いかにも高価そうなソファーへと腰をかけ、大理石で出来たテーブルを挟み、向かい合う形だ。
邸の広大な敷地へと入るためには、高さ3メートルほどもある、ゴツくて頑丈そうな門をくぐらなければないという、日本では見られないような光景だった。
セシリーは実は貴族らしく、ここが自宅と言われた時は、大袈裟な表現ではあるが、まさに目玉が飛び出そうなくらい驚いた。
驚かせてすまないなんて言われたが、そりゃ驚くよ。
いつかこんな家に住んでみたいなんて子供の頃は思ってたな。
門をくぐると、初老を迎えるか迎えないかくらいの見た目の、黒いスーツに身を包んだアレクと呼ばれる老夫の使用人が迎い入れてくれた。
穏やかそうだが、着衣の上からでも分かるくらいまでに鍛え上げられたその肉体は、どちらかと言うと使用人というよりもボディーガードのようだった。
行動の1つ1つが使用人の鏡というような一切無駄のない立ち振る舞いだ。
客間にて、アレクさんは人数分のティーカップを持って来て、綺麗な動作で紅茶を注いで行く──
そして、一礼すると立ち去った。
「で、話って?」
凛が早速、話を切り出す。
凛がメインっぽいので、俺たちは隣でほとんど聞いているだけになるだろう。
「うむ。突然なのだが、貴方に私たち国家警兵の、私が所属する剣兵部隊の剣術講師をやってもらえないだろうか」
「え──?本当に突然ね……でも、遠慮しとくわ。あたし人に何か教えるのとか苦手だし」
「そこをどうにかお願いできないだろうかっ!師匠!勿論ただでとは言わない。相応の礼は支払うつもりだ」
「し、し、師匠ねぇー。ふぅ〜〜ん……どうしよっかなー」
たぶん師匠って言われて嬉しかったんだろうな。
考え切り替えるの早すぎるだろ。
だが、気になることもある。直接尋ねるのが早いだろう。
「割り込んですまん、相応の礼ってのは──」
「金だ」
「そうか。やっぱここじゃ日本円は使えないのか?」
「勿論だ。ここではただの紙切れみたいなものだからな。そうだな……1ヶ月70万ゼルでどうだろうか?かなりおいしい話だとは思うのだが」
「そのゼルの相場とか全然わからないんだけど……それってどんくらいの価値あんの?」
「うむ……そうだな。そっちの物価は知らないが、この世界での家が一軒買えるほどの値段だ」
「「「は──⁉︎」」」
俺たち3人は一斉に目を見開く。
そりゃそうだ。1ヶ月ごとに家が買えるような値段を稼ぐとか、どっかの社長並みの額なんじゃないのか?
かなり条件はいいと思うんだが……
「凛は、どうなんだ?俺が勝手にでしゃばるのもなんだけどかなり上手い話だとは思うぞ?」
凛は唇を尖らせ考え込んでいる。
唇を尖らせるのは、何かを考えているときのこいつの癖だ。
「そうね、あたしも有りだと思う……その代わり、条件を出すわ。あたしに魔法を教えること。それと、今後あたしのことは師匠と呼びなさい!あと、お金は先払いよっ!」
どこか誇らしげな顔でそう言い切った。
魔法と師匠……まだ引きずってたのかよ!
ついつい苦笑してしまう。
「いいのだな!有難い。ならばそちらの条件も飲もう。よろしくお願いする、師匠」
「まっかせなさい!」
握りこぶしを自分の胸へと持ってきて、貧相な胸を張る凛。
こいつ、自分に都合がいいとすっげー機嫌がいいんだよな。
「だけど、凛1人に頼るのも申し訳ない。俺たちにも何かできることは──」
「──ない。そちらの、ミラーナさんは魔術のレベルに応じて何か頼めることがありそうなのだが」
即答かよ!傷つくな……
「まぁそれなら。凛すまないな」
言葉を遮ってまで不要扱いされたのはかなり痛い……ハートが。
それに、完全に俺の状況って凛のヒモじゃないか。
憧れる人は結構いるんだと思うけど、ありがたさよりも、羞恥心のほうがかなり優っている。
「あ、そうだ」
そう言うと、セシリーは何かを思い出したように立ち上がる。
「師匠に渡しておきたいものがあるのだ」
「ん?なに?」
問われたセシリーは、ちょっと自慢げに腰に携えた刀をポンポン、と、叩く。
「私の愛用する魔刀だ。魔力を蓄積させ、魔術を発動させることのできる刀。かなり特殊な金属でできているから刃こぼれすらしない特別品だ。これと同じものがもう1つあるから、そちらを師匠に譲ろうと思う」
「そうねー。でもあたしが持ってても使わないと思うんだけど」
「護身用とでも思ってくれればいい。こう見えてもこの国は治安が悪いからな」
たしかに治安は悪そうだ。
街を見た感じそんな気配はなかったが、暗殺集団なんてものが存在するのだ。
「俺ももらっておいて損はないと思うぞ?」
「なら一応受け取っとくわっ」
凛のやつ、声のトーン上がったけど……なんか思いついたか?
セシリーは持ってくると言い、無駄に広い部屋の扉の方へと歩いて行った。
俺は凛に問う。
「なんか企んでるだろ」
「売っちゃおっかなって。だって、絶対高いでしょアレ」
「凛さんが要らないのなら私もそれは賛成です〜」
若干声量を小さくしてそんなことを言いながらくすくすと笑う下衆。
「お前ら最低だな……セシリーまだ室内いるんだぞ。せめて部屋から出てから話せよ」
いや、そんな汚い会話すること自体やめてほしいんだけどな。
なんて考えていると──!?
ガシャパリン、室外からの物凄い音。
皆、その音には気づいたらしく、何事かと辺りを見渡している。
セシリーは急いでこちらへと駆けてくる。
「なんなのかしら今の音」
「使用人さんが食器でも落としたんじゃないんですかね〜」
戻ってきたセシリーは血相を浮かべていた。
「なぁセシリー、今のはなんなんだ?」
「かなり緊急事態だ。誰かが窓を割って侵入してきたのだと思う」
は──?なんだよそれ。
「使用人のミスとかじゃ……」
「それは断じてありえない。当家の使用人がミスを犯すなど、今までに一度もそんな事はなかったからな」
そんなことを言っていると、再び激しい音が鳴り響く──。
今度は、金属と金属をぶつけ合うような音。
俺は、何かの犯罪に巻き込まれそうになっているという恐怖と寒気で手汗が溢れ出していた。
「皆、隠れていてくれ。マ・ジェンスの可能性がある。ここは私1人で対応する。巻き込むわけにはいかないからな」
そう言うと、セシリーは鞘から刀を抜き出す。
銀色の刀身は、今まさに人の命を刈り取らんと、ギラギラと輝いている。
俺たちは急展開すぎるこの状況に固まっていた。
「何をしている。早く身を隠せ──」
セシリーがそう叫んだと同時、扉が破られるようにして開けられた。
現れたのは、全身を黒いゴスロリファッションに身を包んだ若い女性。
カールのかかった金色の長髪ツインテール。
髪色とは対照的な黒いカチューシャが映えていた。
部屋に満ちる狂気……殺意……
「くそ……遅かったか。私はやつを殺る。その間に窓を破って逃げてくれ」
「まぁまぁ。私を殺るだなんて、素敵ですわ。でも、マ・ジェンスの名において誰1人逃さない……あぁあ……興奮しますわ」
話に聞いていたマ・ジェンスという組織──実際目の当たりにすると、一気に恐怖で包まれてしまいそうなほどまでの殺意の塊だった。
両手に握られた短剣をブンブンと振り回す。その短剣に付着していた真紅の液体が遠心力によって飛び散る。
とろけるような紫紺の視線を浴び、眼光に射抜かれたように背筋が凍る。
何人もあの短剣によって命を奪われた……。
イカレてやがる……っ。
「あたしは逃げないわ」
「私もこんなロリババアなんて怖くないです〜」
なんでこんな時に、挑発してんだよ……!
止めようとするも、恐怖の方が大きく、言葉が喉を通らない。
「馬鹿者……君達は何を言っているんだ──っ」
「哀れですわ……すぐにその心臓、グチャグチャに刻んで差しあげます」
まずいまずいまずい──セシリーが突破されればすぐに無防備な俺たちは肉片にされてしまうだろう。
逃げなきゃ確実に殺されてしまう……。
俺は、突然立ち上がった凛とミラーナの顔を見上げる。
その表情に──
一切の曇りはなかった。
「──え?」
「あんたが死んだら、あたしたち金欠で餓死しちゃうでしょ?」
「そうですよ〜。せめてお金をくれてからじゃないと困りますよ〜」
ははは……こいつら元気すぎるだろ。
いつの間にか恐怖は消えていた。残っているのは、呆れを通り越して、もうどうにでもなってしまえというバカな感情。
ここで俺1人うじうじするなんてカッコ悪すぎだろ。
俺は、立ち上がり──
「セシリー、俺たちも加勢する」
言葉にすることで、恐怖を殺す。
「しかし貴方達には武器も魔術も……!」
「気にすんなって──こっちには世界一と中二病がついてるんだ」
ドヤ顔の凛と、悔しそうに俺を睨んでいるミラーナを見て、セシリーはどこか安心したように、小さく溜息をつく。
「そうだな。では、力を借りよう。躓くなよ」
「なっ!それは言うな!」
俺に何か特別な力があるわけじゃない。
けど、こんなとこでくたばるなんてたまったもんじゃない──さあ、滑稽な俺の最上級の意地を見せてやろうじゃないか。