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Episode3・国家警兵セシリエール

──3人は一斉に立ち上がる。

侵入者は……誰かってことは簡単に想像がつく。

俺は警戒の様子で玄関の方へと体を向け、身構える。幼稚園の頃から空手をやっていた事もあり、肉弾戦には自信がある……が、相手は武器を持っている。

額からは汗が伝って行き、緊張で口内からは大量の唾液が溢れ出す。静まり返った空気のせいで、固唾を呑むだけで、ごくり、という音がしっかりと聞き取れる。


「ミラーナ、あいつがここに来たらすぐに魔法で、鞘から剣が抜けないようにしてくれ。そしたらあとは俺と凛に任せてくれ」


向こうへと届かないよう小声で伝えると、ずっとどこか抜けた感じの様子だった彼女も、真剣な表情で、視線は玄関を向いたまま、小さく頷く。

そしてもう1人の、期待できる戦力。


「凛、お前は部活用に持って来ていた竹刀をすぐに取り出して、俺の後ろで待機だ」


「わかったわ」


凛はすぐに、そばに置いてあった竹刀を手に取る。

こう見えても凛は剣道部であり、その凄い身体能力は剣道にも生かされており、世界大会優勝の実力者。


「ミラーナがやつの剣を凍らせる。そしたら俺が飛び込んで動きを封じる。もしそれでもダメだった時は頼む」


「任せなさいっ。でもゆーちゃん1人で充分なんじゃないの?」


「まぁ、そん時はそん時だ」


そして数秒経ったその時────

スー、と、扉が開き。


「今だミラーナ!」


「はい〜」


ミラーナが右手を前方へとかかげる。

彼女の右手からは幻想的な光が溢れ出し、大気が小刻みに震える。

そして──扉の向こうから現れた少女の剣を刹那の瞬間に凍らせた──


「失礼──ふぇ ⁉︎」


かかった。いきなりのことで油断したのか、間抜けな声をあげ、驚いた様子だ。


「油断したな!」


やられる前にやる……!相手が女だろうと躊躇ちゅうちょしている余裕はない。

俺は少女目掛け、飛びかかろうとして、勢いよくスタートダッシュを切る──ダンッ!


「え──?」


足を思いっきり、テーブルに引っ掛けた。

くそ!嘘だろこんな時に!

体が宙に浮く、そしてこのままいけば顔面から床に突っ込んでしまう。コンマ1秒さえもが長く感じ、まるで世界がスローモーションになってしまったかのような感覚を覚える。

あまりのドジっぷりにミラーナも凛も目を見開く。

やめてくれよ、そんな顔。

隙を作った。確実にこれは鞘で、頭めがけ本気の振り下ろしがくる。鞘でも本気で振り下ろせば頭蓋骨なんて簡単にひびが入ってしまうだろう。

凛もあの距離じゃ間に合わない。そんなことを考え──歯を食いしばり、目を瞑る。


「「────」」


──後頭部に痛みはなく……。

そして、床柔らかっ!

そう思い、顔を上げると。


「えっと、だ、大丈夫か?」


「へ?」


目の前にあったのはあの警官少女の顔。近くで見るとやはり、かなり顔が整っている。射抜かれてしまいそうなくらいに鋭くて、美麗な真紅しんくの、なんでも見透かされてしまいそうな瞳。雪のような肌。そして、それとは対照的な、さらりと腰のあたりまで伸び、所々編み込まれた漆黒の髪。

彼女は今……飛んできた俺を受け止めた状態。つまり俺は、抱かれてる。

──あ、なんか心地いいぞ。柔らかくて……良い香り……。

って、そんなこと言ってる場合じゃない!なんだこの状況は!?


「すまない急に。怪我がなくて何よりだ」


「いやいやいや!なんで敵を助けたんですか!」


混乱して、つい敬語になってしまった。

少女は可愛らしく首を傾げる。


「はて?敵とは一体どういうことだ?」


なんだろうこの違和感。

あれ……?もしかして、俺が勝手に1人で突っ走ってたってこと?その被害妄想にミラーナと凛を巻き込んで……。

しばらく黙り込んでいると。


「なによこの気まずい雰囲気っ!あたしたちちょー空気みたいじゃないの。ゆーちゃんもなにデレデレししてるわけ⁉︎ 」


凛が顔を紅潮させ、竹刀をブンブンを振り回しながらそう言う。

何もそこまで怒ることないのに。


「たしかに〜」


ミラーナも同意見らしい。


「あ、あはははは……」


頭をかきながら、笑ってごまかす。

痛い痛い!全員の視線が痛い!なんだよその目は……。


「すません!!!」


俺の全力の謝罪により、妄想バトルは幕を閉じた。




「敵……じゃないってことは、なんで追いかけてきたんだ?」


それから、彼女には敵意がないことが分かり、とりあえず座って話を聞くことにした。


「驚かせてすまなかった。君たちは、日本人だろう?」


よく知っている国の名前を聞いて、俺は勢いよく少女へと顔を近づける。


「──今、日本って言ったか⁉︎ 聞き間違いじゃないよな⁉︎ 」


俺の慌てっぷりに、少女は少し顔を赤く染める。


「ち、近いぞこら……こほん。確かに私は今、日本と言った。そして、追いかけてしまった理由もそれだ。君たちが日本に関係している、ということがあの紙幣を見て分かったからだ」


少女の言葉に、俺も含む3人は首を傾げる。


「つまり、日本を知ってるってことなの?あたし達はその日本から来たんだけど」


凛がそう言うと、少女は目を輝かせ両手を合わせ身を乗り出す。


「やはり!君達に会えて嬉しい。聞きたい事があったのだ!」


何故この人は日本を知っているんだ。ここは異世界だぞ。


「こちらも聞きたい事がある。先に自己紹介をしとく。俺は鈴音優だ。優でいい。そしてこっちのちっこいのが凛。で、こっちのたまにおかしな事を言い出すのがミラーナ」


ひどく視線が集まってんぞ。

ただ自己紹介しただけなのに……なんか間違った事言ったか?くそ睨まれてるんだが。


「私はセシリエール・ロウフェリアス。国家警兵だ。これで日本人と話すのは二度目になるな」


セシリーナと名乗った少女は、一礼をする。

すー、と、伸びたその姿勢は、立っているだけで、自然と目を惹かれるものだった。

国家警兵というのは日本風に言えば警官なのだろう。名前からするに。


「──二度目?で、セシリエール……さん?なんで日本のことを知ってるんだ?」


「セシリーと呼んでくれて構わない。ふむ、なんと説明しようか。私は君たちとは別に、一人、日本人を知っている」


そう言うと、セシリーは、先ほどまで凍っていた鞘を右手で持ち、左手で柄を握り、抜刀する。

ギラギラと光る刃は、幾度も剣を交えた数年の歴史が感じられ、それでもなお、刃こぼれひとつない。


「それは……」


刀だった。日本伝統の武具──

セシリーは刀を見つめ、懐かしむようにどこか遠い目をして言う。


「カタナだ。実は私は、幼い頃から剣術を習っていた。だがなかなか剣術を好きになれず、人よりも強くなることができない落ちこぼれだと自嘲じちょうする日々だった。だがある日、たまたま落ち込んでいた私の姿を見た者がこう言ったんだ。1番になりたければ誰も使ってないオリジナルを磨けばいい、そうすれば最初から1番だ、と。その時に渡されたのがカタナだった」


「そいつが……初めて会った日本人?」


「ああ。当時は度々(たびたび)彼からたくさんの話を聞かされた。ここではない世界、日本から来たと本人が言っていてな、ここではない世界という嘘みたいな話が、まだ幼かった私には楽しくて仕方なかった。だが彼は突然姿を見せることはなくなった。私は彼を探している。名前も知らない、彼のことを。君たちなら何か知っているんじゃないかと思ったのだが……」


凛もミラーナも黙って話に聞き入っていた。ミラーナはともかく、凛にしては珍しい。


「残念ながらその人については何もわからないな。だけど、同じ日本から来たというそいつには、かなり興味がある」


その人と接することによって、もしかしたら、手がかりをつかめるかもしれないし。


「そうか。ところで君たちはどうやってここへ?」


「分からない、いつの間にかこの世界に飛ばされていた。家ごとな。それと俺たちの目的は、日本へ帰ることだ。そのためにもその日本人と接触して話を聞きたい」


「でも、その人どっかいっちゃったんでしょ?見つけるのは難しいでしょ」


たしかに凛のいう通りだ。ここに来て、数時間。まだこの世界の広ささえも把握していない。そんな中、行方知らずの人を探すなど愚行の極みである。


「ふぁあ〜ぁ仕事中に探せばいいじゃないですか〜暇そうだったし〜」


欠伸あくびしながらミラーナがそう言う。

俺から見てもこれはかなり腹立つ言い方だなっ!

侮辱+欠伸の2連コンボ。

しかし、それはどうやら予想通り、セシリーの逆鱗に触れたらしく。


「貴様、国家警兵を舐めるな。私たちの任務はそんなあまいものではない。それに仕事と私情は別だ」


殺戮者のような眼光でミラーナを睨みつけて憤慨する。


「ふぇぇ〜」


だからそれやめろって!

なんで怒らせるような態度とるんだよ!


「やめろミラーナ。お前は口閉じてて………なっ」


こいつ寝てるし!イラっとするな!

寝ぼけてたのか?ミラーナの早寝技には、凛も、頭に血が上っていたセシリーも、かなり顔が引きつっている。


「取り乱してすまない。話を戻そう。今、仕事と私情は別と言ったのだが、実はそうでもないんだ」


右手を顎に当て、少し考えた様子で語るセシリー。


「どういうこと?」


凛が尋ねると。


「私たち国家警兵の任務。いや、私に課せられた任務、それは、国を脅かす組織の排除。そしてちょうど今、私が追っているのが、かなり危険な暗殺集団、マ・ジェンスというものでな。マ・ジェンスと、私の探しているその人は、なにやら接点があると思われるのだ」


急に話が大きくなって、先ほどよりも真剣に耳を傾け、言葉を取りこぼさないようにする。


「なんでそんな危険な集団と?そもそもマ・ジェンスってなんだ?」


「実はこの国は元々バラバラな小さな国だった。当時はどの国もたくさんの問題を抱えていて、数年前に統治されて今の国ができたのだ。その際に、ある国が禁忌の魔術研究をしていたことがバレ、その研究の関係者たちを今の王が追放したのだ。そして、その中から集まった数人で結成された組織、それがマ・ジェンスだ」


「なるほどな。まあ、ある程度の国の事情と、そのマ・ジェンスってやつに関しては理解した。けどどうしてそんなのにその日本人が関わってるって?」


難しそうな話だが、そういうことは向こうの世界でも聞いたことはあるし、割と簡単に理解できた。

どの国にも事情があるってやつだ。


「かなり最近の話なのだが、私は一度マ・ジェンスの1人と戦闘になったことがあってだな、その時、やつは日本のことを少し口にしていた。そして、魔術だけでなく科学という謎の力を使っていた」


戦闘なんて物騒な話だ。

だけど、気になる点がある。


「科学?そんなに珍しいものなの?」


俺が疑問に思っていたことと全く同じことを先に凛が問う。


「ああ。そんな魔術とは別の技術はこの国にはない。そして昔、何度か科学というものについて日本人の彼から話を聞いたことがある。科学はすごいぞ、なんて嬉しそうに話していたもんだから記憶にしっかり残ってる」


たしかによく考えてみれば、街の様子を見たところ、そういった類のものは見かけなかったな。

逆に魔術なんてものの方がかなり凄いと思うんだけどな。

もしこの世界に科学技術が無いのだとしたら、おそらくそれはその日本人の教えたものになるだろう。

だが。


「戦闘に使えるような科学ってどういったものなんだ?」


「うむ……たしか、そいつは、金属を自在に操っていたな。科学の力なんて言っていたが、かなり厄介なものだった。魔術でも物を動かすことはできるが、重い金属を、それも一度にたくさんも動かすことなんて魔術では不可能だ」


金属か……。金属に限定するなら磁力か何かだろうけど……

そんな超越した技術は日本でも発見しているかどうか怪しいところだ。つまり、


「その日本人はかなりの博識であり、すごい科学者か何かだと思う。だけどそんな磁界をうまく操るみたいな事不可能に近いんじゃないかと思うけど」


「魔術と科学を組み合わせているとかじゃないの?」


珍しく凛がすごい発言した。頭でも打ったのかな?


「凛、今日は、今日だけは頭冴えてるな」


えっへん、と、照れる凛。遠回しにいつもはバカって言いたかったんだが。


「魔術とかはよく分からんけど、可能性はあるな。まぁ今話しても仕方のないことだなー」


「たしかにそうだな。兎にも角にも、君たちはなるべくこの事を口外しないようにしてくれ。もしもマ・ジェンスに目をつけられでもしたら大変だからな。何か分かったら君たちにも伝えようと思う。国家警兵トップクラスの私の魔術剣でさえも、一人を相手にするのがギリギリだったくらいだ。簡単に殺されてしまうだろう」


確かにそうだ。異世界に来ていきなり殺されるなんてたまったもんじゃない……。

そもそも暗殺集団なんてもんと絶対に関わりたくないものだ。


「簡単に?何言ってんの?あたしたちが弱いって言いたいの?」


え──?一瞬誰が口を開いたのか分からなかった。


「いや、そうとは言わないが。武器を握ったことのない素人しろうとには到底戦闘など……」


セシリーはおそらく俺たちのことを心配して言ってくれたんだろう。

だけど俺には分かる。

──これ、凛キレるな。


「分かったような口をきいて。あんたがどんだけ強いのかは知らないけど、あたしたちは簡単に死なない。そこのアホ中二病もそこそこ戦えるようだし、ゆーちゃんはあたしが守るから」


凛の言葉に若干感動しつつ周りを見渡す。

どうやらいつの間にかミラーナも目を覚ましていたらしく、なんかドヤ顔していた。お前さっきけなされたばっかだからね?

てか……俺、なんか雑魚表現じゃない⁉︎

体術はこの世界では皆無みたいな設定やめてくれませんかね!一度躓つまずいただけじゃん。


「貴方は何を……。一般人が魔術を使う人間に勝てるなど──」


「人の努力も知らないでよくゆーわ。断言する。あたしは強い。あんたに剣術で勝る自信もある」


「──っ⁉︎ ……なっ」


凛の目は本気だった。何度か試合を見に行ったことがあるが、その時と同じ、“敵を仕留める眼”だ。


「そこまで言われたら私のプライドにも関わる。手合わせ願えるだろうか、凛さん」


「もちろんよ。そのかわり、あんたが負けたらあたしに魔術を教えなさいっ」


ピリピリとした空気の中、凛はセシリーをびしっ、と、指さし告げる。

その言葉から感じられるのは、一切の迷いもない、自信だけだった。

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