灯籠
へい、らっしゃい。何にしやすか?
お、お客さん、その酒選ぶたー、中々良い舌をお持ちのようで。
え、何、面白い話が聞きたい。そんな話はあんまりないんだがな。
私の昔話?そりゃおめえさん、ちとばかり長くなるぜ?
それども良いのかい?
おめえさんも変な輩だな。まぁいい。聞かしてやろうじゃないか。
私は、ある大学に通う学生だった。そこでは、たくさんの事が学べた。
例えば、医学や経済といったどこの大学でもありそうな学部から、民俗学や地理政治学といったものまで幅広く学べる大学だった。
そんな大学に私が入学できたのはひとえにある友人のおかげだった。彼は自分の名前で呼ばれることを平生から嫌がった。
そのためここでは友人とだけ記しておくことにする。
友人は私よりも頭の出来がふた回りも三回りも違かった。
近くで見ていた時は気がつかなかったが、今ふと思い返すと天才の部類だったのだろう。
友人はどんな英単語でも歴史の単語でもすぐに暗記して、二週間後も忘れないほどには頭が良かった。
あ? そんなに頭が良かったのかって?べらぼうに良かったさ。他の誰にも負けないくらいにゃ、あいつは良かったさ。
え?あぁ、こんなのでもいいところの大学を出れて良かったさ。
そんな友人に私は友人に苦手な算学を教えてもらい、やっと友人と同じ大学に入れた。
私は私よりも頭のいい友人に負けたくなかった。だから、同じ大学に入れるように努力をした。
多分、こう思っていた理由は当時はわかっていなかったと思う。今考えると、私と友人は小学校は違ったがお互い地域で神童と言われるほどの子供だった。
当然、お互いがお互いの存在を耳にした。その後二人とも中学に進学した。その時の各地の中学は、まだ大戦の戦火で復興していなかったため多少人数が多くても無理やりくっつけられた。
どうやら、戦前は違う中学の学区であった事を母親から聞いたことを覚えている。そんなすし詰学級で私と友人は出会った。
中学の成績は二人が学年一位を争う形になっていたことは覚えている。勝敗はどうだったかよく覚えていない。
中学がそんな有様だったから、高校はもっとぎゅうぎゅう詰めだった。二人とも我が県屈指の高校に入学し、大学は県内のかなり新しい大学だった。
公立の大学であったため、施設も良くそこに決めて勉強をした。友人は相変わらず頭が良かったため、あまり勉強をしている様子が見受けられなかった。
しかし、友人は友人なりの努力はしていたんだろうと思う。今のように塾なんて大層なものはなかったから、2人とも独学と学校の授業で受験に必要な知識を学んだ。
友人は常に私の知識の一歩先を歩いている。そんな感触が常にあった。
っておいおい、つまんなそうな顔をするなや。年寄りの昔話なんざこんなもんだ。
もう少しの辛抱だからな。頼むよ。
そんな友人が変わり始めたのはちょうど2人とも大学受験で希望の大学に入った後、少しづつ大学の授業に慣れ始めた時期の事だった。
その時の事はとても強烈な印象を持っている。今でも時折鮮明に思い出す事がある。私と友人は大学での学部こそ違ったが取っている科目は共通したものがとても多かった。
その中で、2人は東洋民俗学という科目を取っていた。まぁ、この科目は一年は必須な単位だった。
この大学は理念としても「文化を理解せぬものは全てを理解できぬ」という理念をかがげてた。
だから、友人は理系に行ったのだがこの科目は取らなければならなかった。彼は私に良く愚痴をこぼしていた。
まぁ、そうだろう。
彼としては実験やらなんやらをやりたかったのだろう。しかし、この科目のせいで実験の時間は削れていった。
だが、友人はとても頭が良かった。
だから、この科目でもいい点をとっていた。私は民俗学は専攻にしようと思っていたため、友人と比べて多少成績は良かった。
そんなときだった。学部の教授から特別課題をクラス全員に出された。それは普通の課題とは少し違った。
「自分の地域でもそうでなくても構わないが、民俗学に関する事を調べてこい」
確か、こんな感じの課題だった。提出は次の学期で構わないとも言っていたと思う。何せ、私と友人は夏休みに入った段階でこの研究を始めたからだ。
その中で、私は家の近くの神社の伝承にある「富士山にまで繋がる横穴」という伝承を調べていた。友人は近くではない場所の事を調べているようだった。
夏休みの始めから少し日付が過ぎた後の事。
いつだったかは良く覚えていない。確か、7月と8月の間の事のような気がする。私は友人に会いに行った。
その日は確か茹だるような暑い日だった。友人は家にいた。彼は夏が好きではなかった。
しかし、彼はいそいそと出かける支度をしていた。なんだろうと思って友人に聞いてみた。
「何をしているんだ?そんなに荷物をまとめてどこに行くつもりなんだ?夜逃げか?」
「馬鹿を言え。僕がそんな卑怯な真似をするわけが無いじゃないか。調査だ。例の、東洋民俗学の」
「ほう?調査だと。どこに行くつもりなんだ。」
「詳しく言うつもりはあまりないが寺が多く酒が旨いところだ。」
「お前、それは遊びに行くつもりじゃないのか?え、やっと最近省線も復活してきたんだら、少し、足をのばして行こうって魂胆か?」
「まあ。遊ぶつもりでいる事は否定はしないが、ちゃんと調べるつもりだ。少し、灯籠流しについて調べていてな。面白い事に気がついたんだ。だから、調査も兼ねている」
「面白そうだな。土産を期待しているからな」
「あぁ、じゃあ、駅まで行ってくるからな」
「おし、ついて行こうじゃないか」
「いや、構わないよ。そんな仰々しくも見舞いなどいらん。これから省線で下って行くだけだからな」
「そうか」
そう言って、確か別れた。私はその足で自分の家の近くの神社に話を聞きに行った。
え?どこの神社か?そりゃあなた、言わねーがな。けども、かなり近いぞ。ここの駅からでも。護国も兼ねてるくせに随分ん小せいがな。
そして、また日にちが過ぎ、8月の中旬。友人は帰ってた。
わざわざ、灯籠流しの写真を当時はまだまだ高かった、カラー写真で撮って葉書で送ってきた。そこに帰る日付と土産を渡したいから駅にいてくれという旨が書かれていた。
そこで、私は日付通りにそこに行き無事友人と出会った。そこで再会したのだ。
お土産でその地域の地酒を貰った。軟水で作られた酒でかなりうまかった。この辺りからだったと思う。
友人が心が抜け落ちているように見えたのは。
私は友人が帰ってきた後の数日後友人の家を訪ねた。そこで友人は快活そうな顔をしていた。
しかし、私と話しているうちに偶に心がどこかを尋ねているような感じで虚ろなときがあった。どこかおかしいなと思ったが、まだ疲れが抜けきっていないのだろうと思い、その日は早々にいとまを告げた。
学期が始まると、課題の提出があった。
友人も私もかなり優秀な部類であったらしい。そのためか、教授に発表をしてくれと言われた。私はもちろん承諾をして、プレゼンの準備を始めた。
しかし後々の話をきくとどうやら友人はこの話を断ったらしい。お互いがお互いにライバルと認めあっていると思っていたから私は腹立たしかった。
そんなわけで、友人の家に私は乗り込んでいった。
けれども、友人は居なかった。普段は窓際で本をずっと読んでいるのにだ。
私は肩透かしを食らった気分で家に帰った。
その後、大学で友人を見かける事は減り始めていた。
私がサークルに入って忙しくなり始めたこと、民俗学の授業が終わったことなどが原因だった。
そして、忙しさにかまけて、友人に会うのも一月に一遍といった具合に頻度が落ちていった。
そして、2年の夏。
私は友人に小用で熱海の方に行ってくると告げて、旅に出かけた。用を終わらすと土産をたんまり買い込み省線に乗って家に帰ってきた。
驚かしてやろうと、友人に連絡をせずに帰ってきて、荷物をおいて、久方ぶりに友人の家に行った。
もぬけの殻だった。
もちろん、あわてて名前を確認したが書いていない。大家にも確認したがもう数日前に出て行ったと聞いた。
突然のことに余りにも驚いたことは覚えている。私は大分落胆して家に帰った。
私の家の郵便受けには数日分溜まっていた新聞紙と一通の手紙が入っていた。その手紙は友人の筆跡で書かれていた。
その手紙を私は読み始めたが全然頭に入ってこない。しかし、最後の行を見た途端に全てのことが腑に落ちた。
頻度が落ちたとはいっても、全く訪れなかったわけではなく、虚ろな状態になりやすくなっている事には気がついていた。
しかし、大学の生活に現を抜かしていた私は見て見ぬ振りをしていた。
けれども多分だろうが、見て見ぬ振りをしていなかったとしても、友人を止められなかったんだろうと思う。
最後の行にはこう書いてあった。
「僕は余りにもこの世の毒を吸いすぎたみたいだ。後のことは宜しく頼むよ、君。最高の友人になら僕の幼馴染を残していける」
「それではさようなら」と。
私はどうすることもできなくて立ち尽くして、惚けていたよ。
え?この話の続きが聞きたいって?お客さん、そんな面白い話でもないよ。手紙が確か残っていたから読んでくれ。
確かこの辺に…ほれ、あったぞ。
貴重に扱えよ。
幼馴染?私の今のカミさんだよ。今はもう寝ちまっているがね。
ほれ、お前さんさっさとそれ、読んじまえ。店じまいが出来ねーだろ。
手紙を広げた。
「この手紙が開かれているということは、恐らく僕は決心したんだろう。
親はおろか、心理的距離が一番近い君にさえ事情を明かしていなかったのは非常に済まないと思っている。
そんな、馬鹿のいうことなどもう信じないなんて言わないでくれ。
どうかこの手紙を君が最後まで読むことを僕は望むよ。
君と出会ったのは中学のことだったね。もう随分と昔の事に感じるよ。君は違うかな?
君は僕とはまるでタイプが違う人間だったことを僕は今でも思う。
というのも、最初の印象がとても深かった。君は中学が始まった途端僕に因縁を付けてきたよね。
「隣の学区の神童ちゅうんはお前か?」ってさ。どこの不良だよって感じの話し方で話しかけてきたよな。
僕はその時に思ったんだ。
「あぁ、こいつとは死んでも仲良くできそうもない」ってね。
僕はこの中学に入る時に母親に言われたことがあるんだ。
「あんたみたいな神童が隣の学区から入ってくるらしい」って。その時は多いに期待したさ。
でも蓋を開けてみればがっくり。何だ、所詮こんなもんかってね。そう考えると君には驚かされてばっかりだよまったく。
最初の定期テスト、総合点が同じ点数だったな。君は確かに頭が良かった。
しかも、君は僕みたいなのと違って、運動も出来て、クラスのみんなや先生にも頼りにされるようないい奴だった。僕は君に負けないように必死に勉強したよ。
それこそ、死に物狂いでね。
中学2年の8月くらいかな?家族で旅行に行ったんだ。
そこでみた灯籠流しは本当に綺麗だったよ。多分君は僕がおかしくなったのはここ最近の話だと思っているんだろうけども残念ながらそれは違うんだ。
僕は多分初めっからおかしかったんだよ。それを必死に隠して、一般人に紛れるように生活をしていた。ただ、本格的にネジが外れたのは恐らく中2のこの旅行の後だよ。
僕は灯籠流しの光景に目を奪われてしまった。ふと、目の前にあの光景が浮かぶときがいつでもあった。でも、それは刹那的に流れて行ってしまうんだ。
だから、あんまりおかしいようには見えなかっただろう?最も近しかったと言える君にでさえ。
もしかしたら、君や親が特別鈍かったからかもしれない。もしくは君が男だったからかもしれない。
1人だけ、たった1人だけいたんだ。僕がおかしいことに気がついたことに。
その子は幼馴染だった。
その幼馴染の子は多分今考えると僕が好きだったんだろうと思う。君は高校の時にあっているはずだ。
とても可愛い子だ。僕なんかにはもったいないくらいのね。君が好きだってことも僕は気がついていたよ。
わかりやすいからね君は特別。
それ過ぎてしまった。話を戻そうか。
僕らは高校に入り、時間はあっという間に過ぎて大学に入った。君はあの時に本当に尊敬するくらいに勉強をしていた。
僕はそのころ、あることに気がついていた。頭の中にふとよくわからない情景が浮かぶんだ。
その情景も様々な種類があって、人がミンチにされて新しい生物が作られている実験場だったり、鬼が沢山出てきて追いかけ回されたりとかね。
それこそ、沢山ね。一番良かったのは灯籠流しだった。灯籠流しの夢の後は必ず酷い夢が出てくる。
だから、僕は灯籠流しの後は寝たくなかった。夜はずっと勉強して寝ないようにしていた。
学校では寝ても何の夢も見ない事に気がついたから、学校で寝ていた。君は僕に言ったよね。
「なんでそんなに勉強してないんだ?」って。
違うよ。僕は君に負けないぐらい長い時間勉強したんだ。
2人とも無事に大学に入れた。幼馴染の大学を君に特別に教えてあげよう。
君に聞かれても答えなかった理由はなんでだろうな。教えたくなかったんだろうな。すまないな。彼女は国大に行ったよ。
5月か9月の文化祭で探してみるといい。
とんでもない美人になっているよ。
大学でも君は眩しいほど精力的に動いていることをよく知っている。
しかし、あの教授の出してきた課題はとても良かった。僕はそのころいても立ってもいられなくなっていた。
夢はまだ続いていたんだ。しかもグレードアップしてね。
ある女の人が川の対岸から現れるようになり、僕にこう言うんだ。
「こっちへ来い」「楽しいから。楽だから。苦しい事は何もない。」
「さぁおいで」ってさ。
泣けてくるよな。自分はこんな脆かったのかって。
僕は真偽を確かめに省線に乗って向こうの駅に降りたんだ。そこから私鉄に乗り継いで昔行った灯籠流しの所に行った。美しかったよ。誰よりも何よりもね。
僕はそこの民俗館で資料を集めて文章を書いて家に帰ってきた。灯籠流しにも行ってきたけども女の人は僕の見慣れた光景では居なかった。
そして、君が精力的に活動している間、僕はずっと本を読んで気がついた。
あの女の人は灯籠流しにいるのではない。
灯籠流しの先にいるんだって事にさ。
僕は君に言おうか迷った。
しかし、君の活動を邪魔して良いはずがないと僕は思い君には言わず、東洋民俗学の教授の元に人目をはばかって行った。
その教授は僕の話に食いついてきた。
「その女性は美しかったか?」
「僕は、もちろん」と答えてやった。実際、そこらの女よりも全然可愛かった。
和風美人とでも言うのだろうか。着物がよく似合う女だった。
教授はどうやら僕のようなものを資料で見た事があると言っていた。なんと言っていたかな?よく覚えていない。すまないな。どうしても知りたいなら教授に聞いてみてくれ」
…お?読み終わったか?
なんだ、まだか。
ん?あぁ、べらぼうに頭が良かったんじゃないかって?
そうだ。でも、そこで忘れてしまったってあるだろ。おかしいんだよ奴の記述は。どこか違和感を感じるんだがな。その教授によ、聞いてみたんだ。
そうしたらな、そいつはどうやら【神の申し子】って記述をされているらしい。
しっかし、【神の申し子】とは随分な名前だよな。どうやら、昔の記述でも【神の申し子】は記憶が混乱するらしい。だから、自然ちゃ自然だよな。そいつのイメージっぽくないけどな。
「その教授は僕にもう一回行って来いって言うんだ。僕は返事は濁しておいた。
しかし、頭の現象は酷くなるばかり。
そのうちに平生でも頭に映像が刹那的ではなくとても長く浮かんでくるようになり人の話も上の空で聞くようになってしまった。
違う、人の話に集中できないんだ。目の前の景色がずっといつもの風景ではないからね。
中々に苦痛なものだ。どこからともなく自分に話しかけられる声を出してる人が見えないというのは。
しかも、いきなり見えている風景が変わるんだ。もう限界に近かった。
僕は教授の言葉に従いもう一度行こうと思った。
僕は灯籠流しが行われる夏を待っていた。
昔から、あんなに夏が嫌いな僕がここまで夏を感じようとした事ははじめてかもしれない。
ちょうど、君もサークルやら何やらで僕を訪れることもへって、良い頃合いだと思った。
どうだろうか。いっそのこと、あの女に会いに行って見るというのは。
胸中にはそんな思いでいっぱいだった。
そして、夏休みに入り、君が僕に小用で出かけるって、挨拶しに来たことでその思いは具現化した。急いで荷物をまとめて省線に乗って行くことにするよ。君には悪いけれどもこの手紙を持って暇を君と幼馴染とこの世に告げていこうと思う。
僕は余りにもこの世の毒を吸いすぎたみたいだ。後のことは宜しく頼むよ、君。最高の友人になら僕の幼馴染を残していける」「それではさようなら」
読み終わったか。それでおしめーだ。ほれ、今じゃ省線じゃなくてJRだったか。終電きちまうぞ。
あ?この後どうなったかって?そんなもん知るか自分で調べろ。
ふぅ、やっと店を閉められるぜ。
19×○年 8月 □日
k新聞三面記事にて。
市内を横切るX川の上流の森で1人の男性が死亡していることが発見されました。男性はある公立大学理学部生で、民俗などについて総合学習の一環としていた模様です。その男性の近くの木々には大きな文字で「申し子、しかと受け取った」と書かれていたようです。警察は明らかに被害者が書ける状態ではなかったことを指摘して、他殺の線で容疑を進めています。
20☆△年
あるニュース番組にて
19×○年に発生しました、大学生殺害事件は時効の為、捜査打ち切りとなりました。戦後史上最大の迷宮事件となる。と警視庁は発表しました。
えー、今回はゲストとして、有名な民俗学の公立大学教授の先生に来ていただきました。
…
「これの犯人は誰か分かりますか?」
「はい、そうですね。現場に残してあった、【申し子】という言葉。これはおそらく【神の申し子】という意味です。昔の伝承によると、【神の申し子】は灯籠流しの晩、あの世に誘われるとか…
酒屋にて
おお、お前さんか。どうだった?何か分かったか?
何、全て分かったと?
それは良かった。
おめえさんも随分と頭の切れる奴だね。まぁ、あいつほどじゃないけどな。
では、その真実は胸の中に仕舞い込んでおけ。でないと大変なことになるからな。
どうでしたか?に過ぎている気もしないではないです(笑)