4-1
島から東京へと戻る飛行機の機内、俺の心は錯乱していた。これで東京に戻り、羽田で彼女と別れてしまえば、俺と彼女の関係は思い出の中には存在し続けても、それ以上にはならないのだ。
俺は、それ以上を求めていた。
恵美は隣の席で備え付けの雑誌に目を落していた。俺はありったけの勇気を振りしぼって言った。
「あ、あの…」
その声の消え入りそうな調子には我ながら情けなくなった。恵美はこちらに振り向いた。
「あの、…恵美さん」
恵美は妙に深刻な顔の俺に怪訝な表情を浮かべつつ、俺の次の言葉を待っている。
「恵美さん、もし…、いや、あの…、もし好ければなんですけど」
なかなか肝心のところが出て来ない。恵美は不思議そうに、ほんの少し首を傾げた。
「…もしよければ、今度、一度食事でも…」
上気するのが手に取るようにわかった。「一度食事でも…」なんて、今時昼メロでしかお目にかかれないような、くさい台詞じゃないか。なんてことを言ってしまったのだ。このまま飛行機から飛び降りてしまいたくなった。
きっと断られる。ああ、言うんじゃなかった。そんな後悔をしてももう遅かった。彼女の答えに一刀両断され、細胞単位にまでばらばらになって失恋するほかない。
恵美はくすっと笑った。
(ああ駄目だ)
絶望にめまいさえ感じた。
「もちろん!」
そう言って恵美は微笑んだ。
「……へ?」
俺は相当に間抜けた顔をしていたのだろう。恵美は笑いだした。俺が未だ状況を理解できていないのを見てとった彼女は笑いを必死に堪えながら、言った。
「ぜひ、ご一緒させてください」
俺がこの言葉の意味するところを理解したとき、座席から飛び上がりそうになった。期待がなければもちろん彼女を食事に誘うなどという、己を弁えない愚行に及ぶはずもない。しかし、十中八九断られるにちがいないと考えていたから、この予期せざる彼女の答えは、当然のことながら俺を狂喜させるのに十分だった。
俺の狂喜乱舞の様を見て、また恵美は笑った。俺は嬉しさのあまりに、次々と言葉を発した。
「飛行機から飛び降りなくて良かった。だって間抜けですよね。いきなり『食事どうですか』なんて。このまま飛び降りて死んだほうがいいや、って言った瞬間に思っちゃって」
恵美は、俺を一度見直してから、またおかしそうに笑い出したのだった。
*
その晩、俺は興奮して眠れなかった。身体は疲れているはずだったが、さっぱり眠くならないのだ。
恵美の笑顔が浮かび、
夕日に染まる背中が浮かび、
彼女と俺の視線の絡んだことが浮かび、
イルカが浮かび…
「いや、イルカはどうでもいいんだ」
そう呟いたとき、これまですっかり忘れていたあの感覚がまた甦った。
―――俺と彼女は不釣合い。
肺の中の空気を全て吐き出すように、俺は溜息をついた。
やはりどう考えても俺と彼女が、少なくとも友人以上の関係になることを望むには、二人の間に存在する溝はあまりに深く、そして大きかった。
飛び越えたくとも、埋めてしまいたくとも、それを許さない溝。
どうすればいいのだろう。
彼女と接すれば接するほどに彼女と一緒に居たくなる。しかし、近寄ろうとする俺を阻む大きな溝。
いっそ食事になんか誘わなければ良かった、と思った。しかし、それはできなかっただろう。
俺は、彼女のことが好きだから。
*
一晩考え抜いた末、ある一つの結論に達した。
翌日、俺は宝飾店へと足を踏み入れた。
こんなところに自分の来る日が来ようとは努々思わなかった。慣れない雰囲気に居たたまれなさを感じた。俺は脇目も振らず店員の所へ行き、相談をもちかけた。