3-3
俺が缶コーヒーを飲みながら、操舵室から外を眺めていると、後ろから恵美が声をかけてきた。
「何かに刺されてしまったみたいで」
俺が振り返ると、そう言って内腿を指した。彼女は上にはTシャツを着ていたが、下は相変わらず水着だけで、白い太腿があらわになっていた。そこへ目をやった瞬間、俺の全身の血が頭へ向かって逆流するような感覚を覚えた。それに気付いた恵美は、ごめんなさい、と慌てて太腿を隠した。
俺は顔を背けて、たぶんクラゲでしょう、と言って薬を渡した。
彼女はそのあと、一言も口にしなかった。俺も気まずかった。あからさまに赤面しては、下心があると思われるのは当然だから。
俺は船を出した。彼女は何も言わなかった。島を目指して最高速度で飛ばした。
*
やがて、夕日が紅く空を染めるころ、俺は当初の予定通り最も夕日が綺麗に見える、島の西に船を落ち着けた。二人とも黙って夕日を眺めた。
「綺麗・・・」
恵美のもらしたその言葉が俺に向けられているのかわからなかった。俺はただ黙って夕日の中に埋もれている彼女の背中を見つめた。
もう一度彼女はつぶやくように言った。
「綺麗」
そして恵美がこちらを振り返ったものだから、互いに見つめ合う恰好になった。俺はすっかり狼狽してしまった。恵美はくすっと笑ってなおも俺を見つめた。俺も恥しさに俯きながら、上目使いに彼女を見た。
視線がまた絡み合った。
俺の心臓は狂ったように踊った。
まるで金縛りにあったかのように、二人の視線は離れなかった。
彼女を抱き締めたい。そんな強い衝動が俺を哭き上げる。しかし、何も口に出せず、ただ彼女を見つめた。
やがて恵美は柔らかに微笑むと、再び夕日の方に目をやった。小さな背中が逆光のせいか、消えてしまいそうに、とても儚く見えた。抱き締めれば脆いガラスのように壊れてしまいそう。離れていては、どこかへと消えてしまいそう。そんなどうしようもない感覚に因われながら、ただ黙って彼女の背中を見つめ続けた。
「・・・楽しかったです」
恵美は言った。
「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」
彼女は俺の方に振り返ると、にこりと笑って言った。俺にはただ、頭を掻いて、照れて見せるのが精一杯だった。