3-1
盆が明けてまもなく、俺は空港で彼女、恵美と再会した。
忙しそうにロビーを行き交う背広姿の人々の中で、ジーンズにTシャツといういで立ちの恵美は溌剌として見えた。俺はその姿を出発ロビーに着くなりすぐに認めた。そのまま、まっすぐに彼女のもとへ行くこともできたが、全く気づいていない風を装って彼女の近くを通り過ぎることにした。
何事にも心の準備というものが必要である。彼女の前に出ることを考えると、それが嬉しいくせに、それでいて妙に気恥しいのだ。
「あ、あの!」
俺がそばを通り過ぎようとしたその時に、彼女が慌てて声をかけて来た。ものの見事に、何の心の準備もできていないところを奇襲された。今度はエンジン音もないから聞き取れなかったとは言えない。
狼狽しながらも、彼女のほうに振り返った。
「高村さんですよね。今日は本当にありがとうございます」
彼女は職業上完璧に洗練されたその方法を以て丁寧に頭をさげた。このおかげで俺の或はぶざまであったろうその顔を見られずにすんだ。
「いやいや、とんでもないです。僕の方こそ、ちゃんとエスコートできるかわかりませんが、よろしくお願いします」
そう言って軽く頭をさげた。二人が改めて顔を見合わせるや、恵美はふふ、と笑った。
「この前とは服装が違うからお気づきにならなかったのカナ」
彼女の姿を遠目に認めてから少しく感じていた違和感は、どうやら服装の違いにあったらしい。俺はつい、まじまじと彼女の服を見つめながら、制服姿の凛々しい姿も良かったが、私服姿もまた格別だと思った。
夏の日を受けて輝くTシャツの色も、彼女の為だけに用意された色に見えた。
「あ、あの、この服、変ですか」
恵美は戸惑いながら言った。俺もその声にたちまち夢想の世界から覚醒し、慌てて視線をあげた。
「いや、全然そんなことないですよ。よくお似合いでいらっしゃる。素晴らしい」
素晴らしいという言葉があまりに仰々しかったのか、彼女はおかしそうにくすくすと笑った。まさか見惚れていましたとは言えない。
「さあ、それじゃあ、行きましょうか」
俺は慌ててそう言うと、彼女の小さなカバンを手にとって、チェックインカウンターへと歩きだした。その背中に彼女の溌剌とした「はい!」という声が聞こえ、俺の顔は思わず綻んだ。
羽田からは飛行機で小一時間のフライトである。彼女はこの便に乗務する同僚をつかまえ、いろいろと話をしているようであった。恵美はイルカを見に行けることの喜びをこれでもかと語っていた。
俺が苦笑しながら恵美の狂乱ぶりを見ていると、その同僚の女性が問うた。
「こちらが、その高村さん?」
「そうなの。こちらの高村さんが親切に船を出してくださるの。そう、それからね…」
まだまだ恵美の話は続くようである。その同僚の女性は苦笑しながら、帰ってきたらまたゆっくり聞かせてね、と言って、俺に会釈してから、逃げるようにして去って行った。
やがて斜め前方にうっすらと緑の島陰が見えて来た。
空港からはタクシーで彼女の泊まる旅館に行った。俺は車を待たせておいて、彼女の荷物を持って、ロビーに彼女を送った。
「明日晴れるといいですね!」
彼女は別れ際に言った。俺は笑顔でそれに応えた。




