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こうして、彼女、中村 恵美との接点ができたのである。
そのときは、勢いだけだった。自分でも驚くほど、大胆なことを言ったものだ。家に帰り、ベッドに身を投げた途端、突然大きな後悔の念が湧き起こった。
「俺、高校生で金もないのに」
高校生と社会人。
まして社会人といっても、女性の花型職業である客室乗務員。誰がどう考えても、不釣合の組合せである。どんな理屈をこねてみようとも、俺が彼女に相応しい人間であるという結論を導くことは不可能である。
しかし、少し考えてみて、自分がおかしくなった。何しろ、彼女と付き合うわけではない。ただ、彼女に従兄を紹介しさえすればそれでよいのだから。
「問題なんかないじゃないか」
従兄を紹介さえしてしまえば、俺と彼女は何の関係でもなくなる。せいぜい、俺は斡旋業者といったところで、彼女はその顧客なのである。
俺は一体何を悩んでいたのか。
理性的に考えれば、こんなことは当り前に過ぎることだった。しかし、俺の心は機内に起こったあの事件の瞬間から波立っていた。理性を以て考えれば考えるほどに、心の中に生じた竜巻はどんどんと大きくなり、心の襞は荒れ狂う暴風に白く波立ち、崩れては隆起するのを繰り返す。
心の全てが崩壊してしまいそうだった。その未だかつて経験したことのない苦しさに俺は思わず呻いた。
「だから、紹介だけすれば!」
しかし、その苦し紛れの呻きも、吹きすさぶ暴風にたちまち呑み込まれてしまう。むしろその苦しみを呑み込んだ竜巻は、より一層大きくなり、強さを増すのだった。その理性を、その苦しみを、その全てを糧として、竜巻は俺を嘲弄した。もはやただそれに身を委ねる他になかった。そんな俺に唯一出来た事と云えば、その暴風の目に俺のことを見つめる彼女を見出したということだけだった。
翌日、俺は従兄に連絡をとった。
「船の免許って、取るのにどれくらいかかる?」
この突拍子もない俺の言葉に従兄は驚いた様子だった。
「俺の船は一番小さいやつだが、そのクラスなら、二、三週間くらいの講習を受けて、実技と筆記試験を受ければ…。よく覚えてないが、二、三十万くらいじゃなかったかな。でも、なんで?」
彼の疑問は尤もだ。
「いや、なんかさ、俺も自分で船を操舵してみたくなって。今ちょうど休みだし、取れるんなら免許だけでも取ろうかと思ってさ」
もちろん、これはでまかせである。今まで一度だって、こんなことを考えたことはない。全ては計画の為だ。それが無謀であることも、また馬鹿げていることも重々承知している。しかし、今の俺には、前に進むことを置いて他にないのだ。
「まあ、よくわからんが」
従兄は怪訝な様子だったが、続けて言った。
「とりあえず、協会の方に連絡して詳しい事を訊いてみたらどうだ」
彼からその連絡先を聞き出すや「ありがとう!」と叫んで、電話を切った。そしてすぐさま協会へ電話をかけ、一番近くにある船舶教習所へと足を運んだ。