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逢い~愛  作者: 坂口 玲
16/17

7-3

 明け方近くに、俺は眠りから醒めた。窓の外はぼんやりと明るくなってきていた。恵美は黙って俺を見つめていた。


「起きてたの?俺、いつの間にか寝ちゃったな…」


 恵美はただ、ふふっと微笑んだ。そして、布団から手を出し、それを俺に差し出した。照れくさくて戸惑っていたが、恵美がそれでも手を引っ込めないことを見て、ようやく俺はその手をとった。


 暫くの間、無言のまま見つめあった。早朝の、静かな時が流れた。


「ねえ、章君。キスして」


 恵美は俺を見つめたまま、ゆっくりと言った。


「どうしたの、突然」


 俺が恥しさからそれをかわすように言うと、彼女は「お願い」と言った。そして、軽く微笑むとその目を閉じた。俺は小さく「うん」と言ってから、顔を寄せた。


 初めて俺は恵美の唇に自分の唇を重ねた。ほんの数秒のキスだった。


 恵美はゆっくり目を開けて、俺に微笑みかけた。俺も恥しさから照れ笑いをした。


「ねえ、もう一つお願い事、聞いてくれる?」


 彼女はそう言って、左薬指にはめられた指輪を外すと、俺に手渡した。それは血がついて輝きが鈍くなっていた。


「ねえ、これを私の指にはめて欲しいの」

「どうしたの、一体」


 俺は突然の連続に戸惑った。恵美は少し恥しそうに「章君にはめてもらいたいの」と言った。俺もその言葉にこそばがゆい恥しさを感じた。しかし、恵美の眼差しは真剣だった。彼女の願いを叶えてやらなければいけない、と思った。


「俺が、恵美さんに相応しい男になるまで」


 そう囁いて恵美の手をとろうとすると、彼女は「もう十分に相応しいよ」と言って微笑んだ。その微笑みをたたえたままに俺を見つめて、小さく頷いた。俺は彼女の手をとった。


 できるだけ紳士的に彼女の左薬指にその指輪をはめた。


 恵美はその再びはめられた指輪を愛しそうに見つめた。そしてその左手を俺の頬にあてた。俺はその手を包むようにして自分の手を重ねた。これまで見た中で最も穏やかで、幸せに満ち溢れた微笑みが恵美の頬にこぼれた。そして恵美は言った。ありがとう、と。


 *


 恵美は、それから間もなくして昏睡状態に陥った。そして3時間後、息をひきとった。


 脳内出血が原因だった。


「ありがとう」の言葉を俺に遺し、そのまま恵美は逝ってしまった。



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