第1章:パターン1、主人が領主だった場合
*魔法のランプ
手にした者は、中に封じられた魔神に3つの願いを叶えさせる事が出来る。
ランプの精とは、何らかの理由で壺や瓶などに封印された精霊”ジン”の事。その多くは主人に歯向かった罰を受けて謹慎中の身。
*ジン
魔神の総称。ジンには5つの階層があり、上からマリード、イフリート、シャイターン、ジン、ジャーンとなる。
当然、ジンの階層が高い程叶えられる願いの幅も大きい。
ー1ー
白み始めた空の下、門をくぐる商人の一団がいた。
ガタゴト、ガタゴトと重荷のせいでいつもより余計に軋む荷馬車を、一団は馬二頭と三人がかりで押しながら進んでいる。
国から国へと長い距離を渡り歩いてきたにも関わらず、そこに本来あるべき護衛の姿は見当たらない。
ーーーそれもそうだ。
あの粗暴な傭兵達は、道中襲ってきたサンドワームに根こそぎ食われてしまった。
今頃、他の商団とその荷物と共に、地中深く巨大ミミズの腹の中に収まっていることだろう。
生き残った商人の中で、他の者より幾らか年かさに見える男ーーソルファは、辛気臭い顔をより一層暗くため息をついた。
「ソルファさん、積荷は減ってしまいましたがこの通り、僕たちは死んでません……それだけで儲けものだと思わないと」
荷台の後ろを押す少年の一人が、元気付けるように言った。
「ばっか!金目のものの殆どは別の荷馬車に積んでたんだぞ?!今ある荷は珍品ばかりだ!全て金に変わりゃいいが、中にはガラクタだってある………ハァ、俺はあのままくたばっちまえば良かったぜ」
それを聞いたもう一人の少年が、ガックリと肩を落としながら言う。
少年の気持ちは分からなくもない。
ーーー積荷は減り、赤字は明らか。唯一の荷物は金になると言う保証がなく、次の国に移動しようにも護衛を雇う為の元手もない。
ないない尽くしで目眩がしそうだ。
ーーーならばいっそ、借金を背負う前に死んじまうか。
ソルファの口から自嘲めいた笑いがもれる。
いや、そんな弱気は今は押し殺さなければならないだろう。
「ヨルドの言う通りだ。俺たちがあの化け物から逃げ延びられたのは奇跡と言っていい。拾った命は、大事にしないとな」
ソルファは自分の顔に引きつった笑みが浮かぶのを感じた。
「それに……化け物の野郎、こいつだけは襲おうとしなかった。もしかしたら、この荷の中には、化け物も寄せ付けないような凄い”宝”が眠っているかもしれん」
実際そんな話しは眉唾物だったが、今はこれに賭けるより他はなかった。
それが分かっているのか、二人の若い商人もそれぞれに苦々しい表情を浮かべている。
「ま、全てはこれを売ってからだ。ガラクタでも一杯の茶くらいにはなるさ」
言ってから、ソルファは空を見上げた。いつの間にか日が登り辺りも明るくなっている。
視界の端に、大きさで一際目をひく建物が見えた。
あれは領主の邸宅だろうか?
お目通り叶うなら、娯楽に飢えた収集癖の領主にいわくつきの品々を売りつけるのも悪くない。
「お茶ですか………そう言えば荷の中には、異国の茶器がありましたね!たしか………きゅうすと言いましたか」
あぁ、とソルファは頷いた。
「珍しい品物だが、茶葉を入れて湯を注いでも肝心の茶がでない。おまけに気味の悪い音を立てるもんで………まぁ、商品にならん不良品だな」
本来なら不良品は捨てるのが常だ。
しかし、この茶器は異国からの渡来品である。そう言った品々を好んで集める収集家は多い。
欲しいと言う客があれば、相応の値段をふっかけてやるつもりだった。