彼女の提案はひどい
「すいませ〜ん」
キャッチボールをする父親らしい声が届いた。
その声にかぶって、アコエルの呼ぶ声もする。
それが次第に近づき、ポン太のすぐ側に来ていた。
「空っほだね」
そんなことは言われなくても見れば解る。しかし、人に指摘されると現実感が増す。
しかもアルバイトではあるが、死神の呟きである。
もう、眼の錯覚では済まない。
「俺、死んじゃうのか?」
ポン太は空になったペットボトルを手にしたまま、アコエルに話し掛けた。
「そうだね」
「どうなんだ…」
残された時間を聞きたかった。
間違いなく多くは残されていない。知ったところで何も変わらない。
だが、聴かずにはいられなかった。
「ポン太……」
「いいから、はっきり言ってみろ」
「うん、さっきから臭い!」
「ハア?」
「なんだか変な匂いがするの、その汚れって何?」
「お前、ブン殴られたいのか?」
「また威張ってる」
「そうじゃなくて、俺の寿命!」
「だって、凄く変な匂いだよ」
「いいから教えろ」
「そうねぇ……」
アコエルがポン太のペットボトルを覗き込み頷いた。
「安心して。空じゃないよ、底の方にちょっとだけ残ってる」
「で?」
「だいたい1週間ぐらいもつんじゃないの」
「1週間か……」
1週間の寿命と言われても、ポン太には全く自覚症状が無い。覚悟を決めるには何だか現実感が乏しい。
「ねえポン太、あなたはもっとこの世界にいたい?」
「当たり前だろ」
アコエルは、表情も変えず聴いていた。まるで食事の好みでも尋ねるような、そんな調子であった。
「ふぅ〜ん、気に入ってるんだ」
「何が?」
「ポン太の世界」
「…ン?」
「だって、退屈で暇そうにしてるじゃない」
「退屈が死ぬ理由になるか」
「彼女もいないし、お金も無いし…」
「それは、さっきも聞いた。この先も知れてるって言いたいんだろ?」
「まぁ、このままじゃね」
「何でもいいけど、死にたくないの!」
「私は終わっちゃう方がいいと思うけど」
「お前、とんでもないこと平気で言うな」
「そうかしら」
「死んだらおしまいだろ」
「違うよ」
そう言うと、彼女はキャッチボールをする親子に眼を向けた。
「あの親子だって、以前は逆だったの」
「……。」
「お父さんが息子で、息子がお父さん」
ひとつのボールをやり取りする先程の親子の姿があった。
「…つまり、生まれ変わるってこと?」
「うん」
「ホントに生まれ変わりってあるのか?」
「そりゃあるよ、あなたも繰り返してるじゃない。忘れてるだけ」
アコエルの言う通り、そんな記憶はポン太には無い。
だが、生まれ変わりの話ぐらいはどこかで聴いたことはある。
しかし、聴いたからと言って何が変わる訳でもなく、気にもしなかった。
それは、眼の前の死神にそう言われるまでのことだ。
「ちょっと待て!俺も生まれ変わってるのか?」
「うん、あなただってポン太の前の人生があったよ」
「俺はどこの何者だったんだ?」
「………。」
「何だよ、ルールか何かで教えられないのか?」
「…別にそうじゃないけどね…」
「じゃ、教えろよ」
「聴いたらショックを受けると思う」
「ああ、いいよ。どうせ済んだことだし、引き返す気もないから」
「ホント?」
「ああ、平気だ。どこの何者だったんだ?」
「あなたは以前、自転車のチューブだったの」
「自転車のチューブ?」
「何度もパンクして捨てられたの」
「ハア?」
グラウンドのあちこちで、楽しげな声が飛び交っていた。だが、ポン太の耳に届くことはなかった。