それは気の毒だぞ
「じゃあ約束して、私のことお前って呼ばないって」
「わかった」
「ちゃんと名前で呼んで」
「名前?」
ポン太はもちろん、彼女の名前を知らない。しかし、死神にだって名前ぐらいはあるだろうと思った。
「アコエル」
そう言って、彼女はなぜだかニコニコとポン太を視ている。
「そうか、わかった」
「そうか、じゃないよ」
そう言って彼女の口元が再び尖った。
「…!?」
「だから、アコエル」
「アコエルね」
そのポン太の声で彼女に笑顔が戻っていた。
「なぁ、この水、なんとかなんないの?」
「……。」
しかし、返事をしないで固まったままポン太を視ている。
「なんとか言っててくれよ」
「……。」
「アコエル、なんとかしろよ」
うっかり言葉が強くなっていたが、アコエルはニッコリと楽しそうに微笑んだ。
「アッ!そうか」
何か閃いたのか、そう言って彼女は自分のバッグを開き始めた。
若い女性には不似合いな、麻布のバッグである。気の効いたデザインからは程遠く、むしろ大きな袋に近い。
そんなバッグをしばらくガサガサと引っ掻き回し、彼女が一本のペットボトルを取り出した。
「これなんかどう?」
差し出されたペットボトルには、口元近くまでいっぱいに水が満たされていた。
「なんだ、あるじゃん」
ポン太は安心感から小さなため息をついた。
そして手を伸ばして受け取ろうとした時、何だか妙な不安がよぎった。
「一応聴いておくけど、こいつは人の分じゃないよな?」
「わかる?」
「エッ!?」
「特別に分けてあげるね、ナイショだよ」
「…マズイだろ。そりゃ絶対にマズイ」
「そうかなぁ、」
「一体誰の寿命なんだ?」
「さっき、サッカーしてた子の」
「92まで生きるとか言ってた、あの子か?」
「当たり」
「そんなのマズ過ぎるだろ。人の寿命を勝手にもらっちゃうなんて」
「92かどうかわかんないけど、いっぱいあるよ」
試合も終わり、グラウンドではおそらく近所の子供達がそれぞれに遊び始めている。
アルバイトの死神の思い付きで、人生を左右される気の毒な少年の姿は見えない。
「なぁ、他の方法は無いのか。神様に頼むとか」
「神様はお休み中だもん」
「それじゃ、プロの死神に頼むとか」
「先輩は忙しくて、手が回んないと思う」
「何で?」
「最近、携帯ゲームにハマってる」
「ゲーム? そんなもんと引き換えに死ねるか! 今すぐ聴け!」
「だって、集中しだしたら半端ないよ。話し掛けても何にも反応しないし、無理に取り上げると怒りだすし」
ポン太はその死神を想像した。
それは、定番の真っ黒な毛布みたいな服を頭から被っていた。
そのすぐ側の壁にはデカイ(カマ)が立て掛けられ、必死にゲームをする死神の光景であった。
「あんた達みんな、いい加減過ぎない? 神様は女のケツ追っかけてるし、死神はオタクみたいになっちゃうし」
「そう言われたらそうかも」
「言われなくてもそうなの!」
ポン太が声を張り上げた瞬間、運命が動いた。
グラウンドでキャッチボールをする親子がいた。
その子供の投げたボールがポン太に向かって飛んで来た。
ウワァ!
ポン太は座ったままの上体をひねり、ギリギリで運良くそのボールを交わした。
ボコッ♪
その直後に、手元で妙な音がした。
ポン太のペットボトルに直撃する音であった。