彼女は死神
ポン太はミネラルウォーターのペットボトルを手元に置いて、時折水分補給をしていた。
たった今もそれを手にしている。
しかし、良く見ると自分が持っていたペットボトルとは違っていた。
コンビニで購入したペットボトルは、ポン太の脇に置かれたままであった。
「エッ!?」
ポン太は自分の知らないペットボトルを口にしていた。
「それ、私が持ってたペットボトルだよ」
いつの間にか、それらを取り違えていた。
「死に水?」
「聴いたこと無い? 最後の飲み物」
ポン太にしても、詳しい意味は解らないが、名前ぐらいなら耳にしたことはある。
ゲッ!
反射的に手離し、ポトリと足元に転げた。
そして、そのまま中の水がこぼれ出した。
「ド、ド、毒?」
ポン太の声が震える。
「違うよ。意味は逆かも」
死神の彼女は平然とそれに応えた。
「逆って?」
「その水が無くなると、命が終わっちゃうの。それ、あなたの分だよ」
「ハァ!?」
転げたペットボトルの口から水が流れ落ち、残りわずかとなっていた。
「ウワワッ!!」
ポン太があわてて拾い上げ、抱きかかえた。
「バカ野郎! 何で黙ってたんだよ」
「だって、美味しそうに飲んでるし、それに…」
「それに…?」
「時間の節約になるから、まあ、いいかなって」
「まあ、いいか?」
「うん」
「こいつが無くなったら、俺、死んじゃうのか?」
「そうだよ」
「そうだよ、じゃ無いだろ! 気楽に言うな」
「ずいぶん減ったね、あとちょっとだね」
そう言われて、ポン太が改めてペットボトルを見ると、確かに残された水はいくらも無い。
「お前、ひょっとしたら楽しんでないか?」
「そんなことないよ…」
「ホントだな?」
「まあ、ほんのちょっぴりはワクワクするけど」
「それを楽しんでるって言うんだよ」
「なるほど」
「感心してる場合か、早く元に戻せよ」
「つまんないなぁ、後ちょっとだったのに…」
「その性格は、絶対に天使より死神に向いてるな」
「神様にも同じこと言われた」
「だろうな、早くしろ」
「そうかぁ、でも、方法が解んない」
「何で?」
「だって、私、バイトだもん」
「じゃあ、誰かに聴くとかなんとかしろ」
「ポン太、さっきからなんだか威張ってない?」
真顔の死神が、隣からポン太を覗き込んでいた。
「エッ!?」
「私、威張る男って嫌い」
「俺は別にお前に好かれたい訳じゃない。」
「ほら、またお前って言った」
彼女の口元がいくらか尖ったように形を変えていた。
「いいだろ、そんなつまんないこと」
「つまんなくない。私、帰る」
「帰るって、この水はどうしてくれるんだ?」
「ポン太がこぼしたんだから、自分でなんとかすれば?」
「わかった、わかった。俺が悪かった。態度を改める」
「じゃ、謝って」
「今、謝っただろ」
「ちゃんと謝って」
「ハイ、ハイ。俺が言い過ぎでした。ごめんなさい」
ポン太はそう言って、頭をペコリと下げた。
すると、それにつられるように彼女に笑顔が拡がった。
その一瞬の素直な瞳には、死神の影は無かった。