それはやっぱりマズイでしょ
「あっそ、別に用事ないから」
今のところ死神に用はない。しかも、友人の中に親しい死神なんていない。
いるとしたら、そいつは貧乏神ぐらいのものである。
死神とご対面する可能性としては、ポン太が限りなく暇人だということぐらいだ。
確かに死ぬほど暇ではある。しかし、暇が慢性化してホントに死んだ奴はきっといない。
もちろん、そのふざけた死因の第一号になりたくもないので、死神に用はない。
それにしても、自分から 死神を名乗る女なんて、きっと、ろくな奴ではない。
見た目はごく普通の大学生にしか見えない。せいぜい黒い大きなバッグが不似合いなぐらいである。
ポン太は若干の警戒心を表情に浮かべて訊いた。
「何で俺のニックネームを知ってんだ?」
変人と会話する気分にはなれないが、これだけは確認しておきたかった。
「だから、私、死神だもん」
『やっぱり、この女、変人だぞ!下手したらストーカーだな』
その考えは声に出さなかった。変人に刺激は禁物である。
ところで死神は別として、小悪魔ならそこらじゅうにいるらしい。
調べによると、通常カワイイ顔と、ワガママな性格が合体した生き物であるという。
見た目が美人で周りがちやほやするものだから調子に乗って、性格がひんまがっているらしい。
まあ、美人ならそれもあるかも知れない。
だが、希少種として美人でもないのに屈折した性格で小悪魔を名乗る生命体もいる。
ある意味、猛獣に分類しても問題はないだろう。
なるべくなら、そっとしておいた方がいい。喰われてからでは遅い。
問題の彼女もカワイイと呼ばれる部類かもしれない。しかし、明らかに変人側に近い。
「今、あなた、幸せ?」
「…ハアッ?」
「ねえ、どうなの?ちゃんと応えてよ」
その発言で、彼女は小悪魔レベルを軽くクリアした。初対面の相手にする質問ではない。
いるとしたら、怪しい宗教団体の手先か、新婚時の嫁さんの1週間である。
「そんなこと考えたことないな」
「じゃ、毎日つまんない?」
死神を名乗る彼女が訊いた。
「大きなお世話だ。つまんないかどうかなんて、あんたに関係ないだろ」
それを聴いて彼女が小さく頷いた。
「それが、関係あるんだなぁ」
「どう関係あるんだよ?」
少年サッカーの試合も終了し、それぞれの親子が合流している。
会話の内容までは聞き取れないが、ポン太の座る位置からも、それらの愉しげな表情は見て取れる。
そんな親子連れの足元に、初夏の日差しが濃い影を落としていた。
「だってポン太は22だよ」
「それぐらい判ってるよ。終わりって言いたいんだろ?」
その言葉で彼女はニッコリと微笑んだ
「なんだぁ、良かった」
「何が?」
「納得してくれたんでしょ」
「ハイハイ。納得したから、どっか行ってくれ」
そんなやり取りの最中、試合帰りの親子連れが、ポン太達の目の前を通りかかっていた。
一瞬、子供の母親がポン太と眼を合わせ、怪訝な表情を浮かべる。
『…あんた達に言ったんじゃないけど』
しかしその親子は歩調を速め、過ぎ去って行った。
「きっと、誤解したよ、あのお母さん」
「そうみたいだな。けど、何で?」
「だって、私が見えないんだもん」
『…エッ!?』
ポン太は改めて彼女をよく視た。
自分にははっきりと見えているし、彼女にこれといって変わったところはない。
変人の妄想だと決めかかったその時!
ポン太は気づいてしまった。知らなくていいことに気がついてしまった。
誰にでも例外なく有るものが欠けていた。
彼女には【影】が無かった…。