ここにいたらマズイでしょ!
「なんで死神が来てんだよ!」
ポン太は反射的に立ち上がり、部屋を飛び出た。
『…どうなってんだ!』
そして勢いのままドアを開け、店内になだれ込んでいた。
しかし、店内を見回しても、死神どころか誰もいない。
そこにいるはずの父親の姿も無い。
その時、ガラス戸の向こうに一瞬人影がちらついた。
店先の植木に、水を与えている父親の横顔がそこにあった。
ポン太は駆け寄り、言葉を掛けようとしたが、上手く出て来ない。
先に口を開いたのは父親の方だった。
「…ん!? お前、靴は?」
ポン太は裸足でそこに立ち尽くしていた。
少し後からアコエルが歩み寄り、ポン太の靴を手渡して笑う。
「あっ、そうだな」
「何考えてんだ、相変わらず」
父親に言われ、ポン太に苦笑いが浮かんだ。そして、受け取った靴を履きながら、父親に話しかけた。
「なあ、今お客さんが来てただろ。どんな人?」
「どんな人って言われてもなぁ。礼服着て、香典袋を買っていったな」
「礼服着てたのか?」
「そう、お通夜らしい」
ポン太は横目でアコエルの表情を伺うと、わずかに頷いた。
「誰か知り合いでも来るのか?」
「そうじゃないけど、俺の知ってる人でも来たのかなって」
「そうか、それより夕飯はどうする?」
そんな父親の問いに、ポン太とアコエルは眼を合わせた。
「これから帰っても遅くなるだろ。飯食って、泊まっていけばいい」
確かに昼をとっくに回っていた。時間を考えれば、当然、泊まる流れになる。
しかし、アコエルを家に泊めるわけにはいかない。
危険人物だ。ノーテンキに何をしゃべりだすか解ったもんじゃない。
ポロッと、「死神です」なんて平気な顔で言っちゃう性格なのだ。
しょうがなく、ポン太はでまかせを口にした。
「待てよ、こんな汚い家に泊めれないだろ。アコは近くでどっか頼むから」
するとアコエルは、
「私は全然平気だよ、ねぇ、お父さん」
「ほら見ろ」
『…ねぇ、お父さんじゃないだろ! オヤジ手なづけてどうすんだ』
いい加減な危険人物は、とても人なつっこい。ポン太はひどく後悔するしかなかった。
『…クソーッ!なんで平和に収まるんだよ、後でパニックなるんだぞ』
無茶苦茶な理由でもなんでもいい。とりあえずアコエルを振り切って来るべきだった。
しかし、死神の仕事で彼女はポン太から離れない。
断っても、ニコニコ顔で勝手にくっつい来た。
そんな訳で、ポン太は泊まりのことをこれっぽっちも考えになかった。
そもそも、アコエルの行動は読めない。心配するだけ無駄である。
ホントなら、周りが気遣うところだが、彼女に限ってそれは意味を持たない。
女性ではあるが、人にはその姿が見えない。当然の話である。
だが、今の状況は違う。
見えるのだ。
ポン太の父親には、アコエルの姿がはっきりと見え、会話もしている。
その二人は互いに自己紹介を交わし、父親はアコエルの存在を疑わない。
「いや、俺はもちろん自分の部屋で寝るけど、アコは下の民宿にでも頼んだ方が良くない?」
「民宿?」
ポン太の脳裏に、今日、駅で会ったお婆さんの顔が浮かんでいた。
「なんだ、そうか。けど、あそこなら今日は休みじゃないかな?」
「エッ!?」
「お婆さんが突然倒れて、亡くなったらしい」
「いつの話?」
「今日の昼過ぎだから、まだ、何時間もたってないな。さっきのお客さんが言ってた」
そう言って、父親は水やりを再開した。
アコエルがポン太の方を向き、小さく首をかしげた。
「いつまでも煮え切らない男だな。ま、とにかく今日はアコさんも泊るといい」
「ああ、そうするよ」
「夕飯は用意しとくから、その辺でもぶらついてきなさい」
仕方なく、ポン太はアコエルと散歩に出かけることにした。
『どうなってんだ?』




