寄り道させてくれ
「結局、俺、寿命がほとんど無くなったんだよな?」
「まあね」
「そいつを使いきったら、人間に生まれ変われないのか?」
「どうだろ。一応はかなり繰り上げたから、可能性はあるかも。私からも、神様に頼んであげるって」
「けど、生まれ変わってもそん時は別人だろ?」
「もちろん」
そうアコエルは言い切って、小さく頷いた。
「だから、今の記憶は無くなってる」
「そうだよ、生まれ変わるんだから。でも、それは死神だって同じだよ」
「死神になる時もそれまでの記憶を無くすのか?」
「うん。性格とかキャラクターは変わんないらしいけど、自分じゃよくわかんない」
「それって、自分のまま生まれ変わるって言えないだろ」
「でも、神様からしたら同じなんだって」
「そんなもんか…。じゃ、アコエルも以前のことを忘れたのか?」
「そうみたい。覚えてたら今の人生の邪魔になるんだって」
「じゃあ、なんにも覚えちゃいないんだ…」
「うん。見た目だって変わったらしいけど…」
アコエルはポン太の顔を覗き込み、次の言葉を待った。
「………。」
「ねぇ、なんともないの?」
「何が?」
「あなた、ゲイ?」
「なんでだよ」
「こんな美人に見つめられて、胸がキュンとかならないワケ?」
「何の話だ」
「ドキドキするとか無いの?」
「無い」
「ゲイだわ。ポン太はゲイだわ」
アコエルはそう言って、口をとがらせた。
「面倒くさい奴だな」
「別に面倒くさくないから。なんで威張るの?」
「威張ってなんかないだろ」
「ほら、また威張る。私、ポン太のこと神様にお願いするのやめる」
「おいおい、落ち着けよ」
そう言って、ポン太は肩を落としてアコエルから視線を外した。
その視線の向こうに、キャッチボールをする親子の光景があった。
その男の子はまだ幼く、キャッチが上手くできないでいた。
グローブにもう一方の手を添え、受け止めようとするが、あっさりとボールはこぼれ落ちてしまう。
それでも少年は笑いながら転げたボールを追いかけている。
父親はその光景を黙って見守り、返球をにこやかに待っていた。
そんな親子を眺めながら、ポン太がボソリと切り出した。
「残り、1週間あるよな?」
「うん」
「…俺、死神になろうと思う」
「やったぁ、やっとわかってくれたんだ」
アコエルは声を上げて喜び、両方の腕を突き上げた。
そしてその勢いのままポン太に抱きついた。
「ま、待った。1週間で間違いないよな?」
そう言って、ポン太はペットボトルをアコエルの前で揺らした。
「んっ?」
「用事を済ましてからでもいいだろ? 死神になるのはそれからだ」
少年の無邪気な笑い声は甲高くはじけ、何度も繰り返し聞こえていた……。
濃い山の緑を縫い、いくつものトンネルを潜り、その線路は伸びていた。
その線路上に、時代遅れの小さな駅がポツンと置かれている。
ポン太とアコエルの二人は、そんな駅のホームに降り立っていた。
背中越しに電車の物音が遠ざかり、それに代わってセミ達がいっせいに騒ぎ始めた。
「思っきり田舎だろ? だからついて来んなって言ったんだよ」
ポン太が小声で呟いていた。
「ふう〜ん、でも、悪くないよ」
アコエルが応え、二人は改札に向けて歩き始めた。
改札を前にしても、それらしい駅員の姿が見当たらない。
ポン太が切符を改札脇の小窓に置き、二人は券売機の据えられた待合室に出た。
「アコは切符いらなかっただろ、どうせ誰にも見えないんだし」
「気分、気分。旅の気分よ。ウフフッ」
「ウフフじゃないだろ、切符買ったの俺だから」
アコエルはひどく機嫌がいい。
ポン太はアコエルのことを(アコ)と縮めて呼ぶことにした。ただ単純に呼びやすいので、縮めただけである。
だが、アコエルはささいなことで途端に機嫌が良くなる。
その効果があったのか、ポン太の悪態は軽く笑顔で聞き流されていた。
「旅の方かい?」
話しかける声があった。
振り返ると、年老いたお婆さんがすぐ真後ろで杖をついている。
「いや、知り合いに会う用事で来ただけで…」
「そうかい、昔は賑わってたんじゃが、今は寂しくなってねぇ。アベックも見かけんわい」
「んっ?」
ポン太は固まったまま、視線をアコエルに投げた。
まるで自分には関係がないふうに、壁の地図に見入っている。
「息子夫婦が民宿みたいなもんをやっとるから、どうかと思ったんじゃが…」
「ありがとう。でも、日帰りになるかも知れないし、何の予定も決まってなくて…」
「それは残念。ハイカラなもんで、新婚さんにはいいと思うがの」
「いいじゃない、せっかく声かけてくれたんだし。」
「はあ?」
ポン太達の会話にアコエルが割り込んでいた。
「連絡先を教えてもらえますか? 泊まりになったら、主人と伺います」
お婆さんはニコニコと連絡先をアコエルに伝えると、何度も深く頭を下げて去っていった。
そんな後ろ姿を見送りながら、アコエルは手を振り続けていた。
「誰が主人なんだよ?」
「別にいいじゃない、そう見えてるんだったらそれでも」
「ま、どう見られても困ることないけど。でも、俺は婆さんとこには泊まんないからな」
それは本気だった。死神が見え、平気で会話できるような老婆は気味が悪いと思った。
『…あの婆さん、妙な霊感があるくせに、俺達を新婚と間違えてたぞ。
ありゃ芝居だな。
自慢じゃないが、この俺が結婚なんてできる訳ないだろ。
女にモテナイ自信なら充分にある。
言い切ってもいいが、そのへんの野郎共には絶対に負けない。
年がら年中、犬に吠えられるし、猫だって尻の穴こっち向けて知らん顔しやがる。
牛丼頼んでも俺のは来ないし、カップラーメンはしょっちゅう底が抜けてるぞ。
そんな俺が新婚な訳ないだろ!
そうか、わざと間違えて油断させる作戦だな。
残念だったな、婆さん。俺を甘く見てたな。
意外だろうが、俺はモテモテなんかに憧れてないんだよ。
ちょっとも、ぜんぜんモテモテしたくないんだよ。
素敵! キャー!なんて言われたくないから。
こっち向いて! キャー!なんて騒がれるの憧れてないぞ。
ホントだぞ。
確か、ハイカラな民宿なんて言ってたけど、絶対に怪しいな。
そもそもハイカラな民宿って、何なんだ?
お化け屋敷をオシャレに改築して、ホーンテッドマンションみたいにいじくったのか?
陽が沈んだら、ゾンビみたいな物騒な化け物がうじゃうじゃ這い出て来るのか?
そんでもって、夜中んなったらシャカシャカ包丁磨ぐんじゃないだろな。
不気味過ぎるぞ……。
「ポン太、何をブツブツ言ってるの? バス来ちゃうよ」
我に返ったポン太の前に、バスが近づいていた。




