決断しないぞ!
……チャリンコのチューブになる条件なんて、何なんだ?
俺が望んだって言うのか? そんなもん知らんぞ。
だいたい、チャリンコのチューブに憧れる訳が無いだろ。
考えても見ろ、スター性が無い。
壁いっぱいにチューブのポスター張り付けても、俺は幸せ感じないぞ。
そもそもチューブがカメラ目線でニッコリしたら、不気味過ぎる。
第一、真っ黒けのワッパだから、目ん玉が見つけられん。
そんでもって、鼻も口も、訳が解らん。
ファンクラブがあっても、俺は入会しないぞ。
会報は絶対にゴム臭いに決まってる。
しかし、俺の前世がチャリンコのチューブだなんて知られたらコンビニにも行けなくなるな。
くだらないもんが流行るから、そのうち前世占いかなんかが騒がれるかも知れん。
間違って流行ったりしたら、マズイことになるぞ。
「私の前世はロック歌手よ、あなたの前世は何?」なんてへちゃむくれのOL辺りに聞かれるかも知れない。
「僕の前世は王子様なんだけど、お兄さんの前世は何?」って聞くハナタレ小僧が現れるぞ。
まさか、その度にチャリンコのチューブでしたなんて言えるか!
1人や2人なら、なんとかはぐらかして逃げ切れるかも知れない。
しかし、コンパなんかで捕まったら最悪だ。
いつだって、調子者の仕切りたがりが、紛れ込んでいるからな。そいつは場を盛り上げるつもりでいらないことを口走るに違いない。
「それでは順番に自分の前世を紹介しちゃいましょう」なんて、とんでもないこと言い出すかも知れんぞ。
それだけは絶対に阻止するしかない!
でなきゃ、お祭り並みに場が盛り上がる。
そこにいる全員が、腹を抱えて笑い転げるのは目に見えてる。
「俺の前世はチューブでした」
その瞬間、金髪の兄ちゃんが箸で茶碗叩いて、のたうち回る。
「しかも、チャリンコのチューブです」
厚化粧の姉ちゃんが鼻から酎ハイ垂らしてもがき苦しむ。
ある意味、地獄絵図と変わらん。
1人で置いてきぼりの俺は、とりあえずへらへらするしかないだろう。。
腹の中で、調子者の罠を呪いなから……。
そんなもん、俺が望むか!
「ポン太って、ホントは人の役に立ちたいんでしょ?」
アコエルの一言は、ポン太を見透かしていた。
心の底では自分を実感したかった。人の笑顔に安らぎを覚えた。
些細なことで、人の役に立てたと思えた時、自分の存在をなんとなく喜べた。
もちろん、自分が善人だとは思ってもいない。数え上げたら切りがないほどの欠点もある。
しかし、人が喜ぶ姿を目にすると心地良さを覚えた。
それらは、はっきりとした自覚が有る訳ではない。
だから、一度も口に出したことはなかった。
「それから、あんまり目立つのは得意じゃないよね」
アコエルは言葉を重ねるが、それはどれも的を得ていた。
ポン太は目立つことを好まなかった。
人間が嫌いな訳ではない。
ただ、どこか隅っこで人を眺めている方が楽だった。
「それと、子供が好きなんだよね、少年サッカー観てるぐらいだし」
「まあ、そうかもね」
何故だか少しばかり照れがあった。そのせいで、ポン太の視線は宙を泳いだ。
「あなたの希望する条件が全部揃ってるじゃない」
「エッ!?」
ポン太は一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
「自転車のチューブは、あなたの理想そのものよ」
「そんなバカな! 俺の理想はチューブじゃない」
「そうかしら、人の役に立つでしょ」
「そりゃチャリンコだからな」
「それに目立たないでしょ」
「目立つチューブなんて無いぞ、タイヤの中で膨れてるだけだ」
「子供だって楽しく乗ってるよ」
「…俺にピッタリだって言うのか?」
「何か不満は有るかなぁ」
「冗談じゃない!俺は人間がいいの」
「だから、今は人間でしょ。でも、次は解らないわ」
「…なぁ、神様に頼んでくれないか? どうしても人間に生まれ変わりたいって」
「いいよ」
「ホントだな、絶対だぞ」
「頼んでもいいけど。私のお願いと交換だよ」
「…ん!? 何だっけ?」
「もう、忘れちゃったの? いい加減な人ねぇ」
「それが取り柄だ。都合の悪いことは、忘れることにしている」
「あなた、うやむやにしようとしてるでしょ。都合の悪いことじゃないよ」
「そんなことあるか、死んじゃうのは嫌だ」
「しっかり覚えてるじゃない、覚悟を決めようよ」
ポン太は決断を迫られていた。ホントの究極の決断である。
【命ごいをして生き延び、得体の知れない物に生まれ変わるか】
【今すぐ死を受け入れ、人間に生まれ変わるか】
そのどちらも半端じゃないリスクが伴う。
何しろ自分が死んじゃった後のことで、どうすることもできない。
その後は運命を預けるしかない。
そしてその決定を下すのは、南の島で鼻の下を伸ばしている気まぐれな神様なのだ……。




