死神が現れた!
甲高い声を張り上げ、幼い少年達がボールを追って駆け回っている。
その日、大勢の大人が観戦する中、サッカーの試合が繰り広げられていた。
ひとつのボールが踊る度に歓声がわき上がる。
誰もが夢中になってボールの行方を追っていた。
声援や指示、その後に続く笑い声とどよめき。
我が子の活躍に一喜一憂する親達の姿がそこにあった。
そんな集団から少し距離を置いて、彼はグラウンドの隅に腰を降ろしていた。
周りから【ポン太】と呼ばれる男である。
もちろん、そんなふざけた名前を付ける親なんていない。
以前飼っていた犬の名前がそのままニックネームとなっているのだ。
朝早くから少年サッカーを観ているが、特に興味がある訳ではない。
しかも、自分の子供が出場していないどころか、そもそも子供がいない。
結婚する予定もなければ、思いっ切り彼女もいない。
あれもこれもないが、ついでにお金もないのに仕事もない。
あるのは、暇だけである。
と言う訳で、することがないので公園をブラブラ歩いていた。
そんな時、グラウンドに人だかりを見つけたら、少年達がサッカーをしていた。
暇人の行動なんて、そんなものである。
ポン太がグラウンドに腰を降ろしていても、世の中には何の役にも立たない。
ごそごそ動き回るゴキブリの方が、殺虫剤の売り上げに貢献している。
じっとしているだけなら、タヌキの置物の方が心を和ませるだけ役に立っている。
つまり、ポン太のサッカー観戦なんて、言って見れば、酸素の無駄遣いである。
その時、ひときわ大きな歓声がわき上がった。
一方のチームがゴールを決め、その子供達に笑顔が弾けた。
「あの子、上手よねぇ」
『…エッ!?』
唐突に声を掛けられていた。
その声に振り返ると、すぐ隣に女が並んで座っていた。
近くに誰もいないはずだった。もともと人を避けて腰を降ろしている。
「92歳まで生きるよ、あの子」
女はぱっと見、大学生位の印象である。
「92?」ポン太が繰り返した。
90歳ではない。92歳なのだ。なんとなく、その[2]が引っ掛かる。
なんだか細かいところが、妙にリアルだ。
ポン太は女が隣に座る気配を感じてはいなかった。
それに気付かないほど夢中になってサッカーの試合を見ていた訳でもない。
「チームで一番の長生きだね」
女が同意を促したが、意味不明で返事のしようがない。
「ポン太は22で終わりだから、70も差があるね」
『…どゆこと!?』
さらに意味不明である。
「あんた、誰?」
自分のことを知っているらしいが記憶にない。しかも、[22で終わり]の意味もつかめない。
「死神よ」
その時、試合終了のホイッスルがグラウンドに鳴り響いた。