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一年が終わる日

作者: 衣桜 ふゆ

年末年始ということで今年最後の更新です。

あまり神社や神様、狛犬などについてもよく知らないので、間違いなどがあればご指摘よろしくお願いします。

深い森の中、その社はあった。


神社というのにちょっと戸惑うくらいの、寂れた社。


その社の手前には、狛犬がぽつりとたたずんでいた。


でも、そこにある狛犬は一匹だけ。


一匹の狛犬――阿形はただ、吽形がいたはずの台座をぼんやりと眺めていた。



* * * 一年が終わる日 * * * 



「明日、だ」


阿形はひとりごちる。


明日だ。一年が終わる日。そして、明後日にはまた一年が始まる。


でもあまり、この神社には関係のないことだ。


いつの頃だったか。この神社にもお参りに来る人がいた。


今ではもう、誰も来ることはない。


おかげでこの神社にまつられている神は衰弱し、一年に一回ほどしか目を覚まさなくなった。


「―――なぁ? 眠り神よ」


阿形はいつのまにか隣にあった気配に呼びかけた。


「―――ふふ、久しいなぁ阿形」


気配はどこか嬉しそうに答える。


「だが眠り神とは酷い言いようだねぇ? 好きで眠っているわけでもあるまいに」


「さてはふて寝だろう? もう何も成せる力はないのだから」


「・・・神獣だか霊獣だか知らぬが、あいかわらずの態度だねぇ」


この気配こそが、この社にまつられている神だった。


もう気配としか存在できなくなった神は、一年のほとんどを寝て過ごし、少しでも長く存在できるように力を温存しているらしい。


だがそのせいで、阿形には「眠り神」と呼ばれていた。


「今年は早めだな、神?」


「そうさねぇ。だがお前が、明日だとつぶやくから」


「それぐらいで起きるような神じゃないだろう」


眠り神が起きるのは年の終わりと始まりの時。


年によっては年が終わる少し前に起きたりと、起きる時間は様々だった。


今年は年が終わる日の前日だ。比べると早い方である。


「・・・ふふ、お前はなかなか聡いねぇ」


「ほめても何もでんぞ」


本当の犬にするように、半透明のような眠り神は阿形の頭をなでる。


「そうさねぇ・・・やはり、期待したのだろうなぁ」


「・・・吽形か」


眠り神は阿形の向かい側にある台座を切なそうな顔をして見つめた。


「もう、何年になる? 私にはわからぬ」


眠り神の声は、少し震えていた。


「あれは、一つの夢のようであったから」


「・・・俺も、そうであればいいと何度も願ったさ」




―――何年前だろう。遠い昔かもしれないし、つい最近のことかもしれない。


あれは秋のことだった。紅葉が眩しい記憶の中で。


「ああぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁ!!!!!」


うとうととまどろんでいた阿形は、その悲鳴で目を覚ました。


目に入ったのは向かいにいる吽形。そしてその周りにいる、外道。


外道というのは、人、だった。


「・・・吽形・・・!?」


吽形のからだには斧が刺さり、目が、外道によってえぐられていたのだ。



もともと、この神社の狛犬は特殊だったのだ。


遠い昔にたてられたこの神社は、当時の最先端を持って作られた。


その最先端の中で、狛犬の目には翡翠が使われていたのだ。



外道はそれを狙って、吽形を破壊しにかかった。


「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!! 誰か!! 私はまだ・・・私はまだ、破壊されるべきではないのに! 何故だ神よ、血迷ったか!?」


破壊される中で、吽形はひたすらに叫んでいた。


人に聞こえる声ではない。人は気にせずに吽形を破壊し続ける。


「あぁ神よ! 我ら阿吽の役目は、この社の神を――弱き五穀豊穣の神を守ることではなかったのか!? そうであるならば、神が消えてしまうまで! 我らが役目を果たしきるまで! それまで・・・我らを守ってはくださらぬのか・・・!?」


吽形が呼びかける神は、すべての神が従う神だ。すべてのことを司る、万能の神。


神を疑い、懇願する、悲痛の叫び。


阿形はそれをただ、黙って聞いていることしかできなかった。


石となってしまったこの身、動くことなどできやしない。


役目や身分、すべてを捨てて、狛犬をやめ、荒神となるならば、彼女を救うこともできたかもしれない。


けれど、吽形の叫びがそれを拒んだ。


我らの役目は、弱き五穀豊穣の神を守ることだ、と。


「吽形っ・・・!」


動けぬ自分を呪い、吽形の壊れゆく様を絶望の中で見ていたとき。


「―――吽形っ!?」


少し離れた社のところで、声がした。


「神・・・!?」


そこにいたのは、社にまつられている神。


「おのれ・・・おのれ人よ・・・! 吽形に何をしている!」


神は怒っていた。体中から立ち上る気は、神気を越えて。


「やめよ神! 荒神となるぞ!?」


阿形は思わず声を上げた。神は確かに弱い神だが、荒神となれば話は別だ。


弱き神は比較的おとなしいため、怒りや絶望した分が大きくなる。


それが大きくなると、荒神の力も強まるのだ。


「黙れ阿形! 吽形が目の前で壊されようとしているのに、その体たらくはなんだ!」


「お前が黙れ眠り神! 荒神になるのは吽形の願いではない! だからだ!!」


眠り神の怒りに押され、阿行も吠える。


吽形の願いと聞いて、神は迷ったように吽形をみた。その一瞬で、さっきまでの怒気が少し収まった。


「吽形・・・!」


神の悲痛な声に、阿形もまた吽形を見つめた。


えぐられた目はただのくぼみに、好き勝手に斧で破壊された体はもはや狛犬の形をしていなかった。


当の外道は神と阿形の怒気にやられ、その辺で倒れていた。生死など知らない。


眠り神は慌てて吽形に駆け寄る。


「・・・吽形? 吽形、無事か? もう、話すことは、っ、・・・できない、のか?」


眠り神は吽形に必死に話しかけた。


もう、わかっているはずだ。手遅れだと、知っているはずだ。


けれど、希望を捨てることはできなくて。


眠り神の頬を、阿形の頬を、涙が、つたった。



眠り神はその出来事で力を大きく失ってしまい、眠りの深さも深くなるようになった。


阿形は吽形の叫びを忘れることができず、いつも吽形を見つめていた。


吽形は雨に打たれ風に吹かれとしている中で、やがてなくなってしまった。


最初から寂れた神社ではあったが、それ以来、前の比ではなく寂れた神社となった。




「本当に、あれは夢みたいだったねぇ」


眠り神は目を伏せてつぶやく。


「ふと目が覚めたと思ったら、・・・」


それ以降は言葉が続かず、眠り神は口を閉じた。


「俺も思う。またどこからかひょっこりと、出てくるんじゃないかと」


あり得ないことは知っている。けど、あれも一応は神獣だ。・・・妙な期待が、また胸を痛くする。


「・・・目が、覚めるたびに」


消え入りそうな声で眠り神は言う。


「期待するのだ。・・・あぁ、悪い夢を見たねぇ・・・と」


ちらりと横目で神を見ると、神はうつむいていた。


時折しずくがこぼれているように見えるのは気のせいじゃあるまい。


「・・・そして、また3人で、終わり、と・・・始まりを・・・っ!」


「・・・迎えたいなぁ、神よ」


何度も何度も、遠い昔から。


一年の終わりと、新たな一年の始まりを。


眠り神と、阿形と、―――吽形で、迎えてきたのだ。



『ねぇ、見てみて眠り神様』


『・・・なぁ吽形よ、お前まで眠り神と・・・』


『ふふ、良いではありませんか』


『そうだ神。五穀豊穣なんてたいそうな名前、似合わんぞ』


『いい加減その言いぐさはやめてほしいんだけどねぇ、阿形?』


『知らぬ』


『二人とも喧嘩なさらないでくださいな。・・・ほら、見てくださいませ!』


吽形が嬉しそうに言った。吽形はそれが好きだった。


『雪ですわ!』


吽形が好きだった雪を、眠り神も阿形も好きになった。


白くふわふわと舞うそれを、3人で見て、笑いあった。


雪は三人の象徴。



「・・・なぁ、神よ」


「・・・何だい?」


だから、阿形は思うのだ。


この眠り神が起きる、一年の終わりと始まり。


「年の変わり目には、雪が降るといいなぁ」


「・・・そうだね、阿形」


そうだ、雪が降ればいい。阿形の頭にもつもるぐらい。



吽形がいなくても、寂しくないように。




* * * END * * * 



良いお年を。

そのうち吽形は戻ってくると思います。

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