平成24年11月15日(木)
「お前ら、俺は昨日ついに百人斬りを達成したぜ」
図書館の児童室で騒ぐ子供に注意しようと近寄ると、あるまじき発言が聞こえてきた。
「百人斬りって何?」
「僕も知らない~」
「お前らそんなことも知らないのかよ、子供だな」
真っ黒に日焼けした健康そうな男の子が、馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「まぁな、子供は知っちゃいけないし、やっちゃいけないからな。お前らには早いか」
好奇心が刺激されたのか、教えてよと友人三人が男の子にせがんだ。
男の子がもう少し大人になったらな、とはぐらかすような言葉を返したので、児童室の入り口で突っ立っていた私が新たなターゲットになった。
「ねぇ、図書館のお姉さん、お姉さんなら大人だから知っているでしょ?百人斬りって何?」
「…………えーっと…」
返す言葉に詰まり視線を彷徨わせる。好奇心に目を輝かせた男の子達は無邪気に私のエプロンを引っ張って、教えてくださいと頭を下げる。
「えーっと百人斬りって言うのは、主に男の人が、えー、女の人と付き合うって言うか…何て言うか、その関係?が複数に渡り…いや、えーっと…最初はどれだけ人を殺したか…っていう、いや…そうではなくて…」
自分で何を言っているのか、分からなくなってきた。
別の言葉なら国語辞書をひこうね、と言えるのだが、アダルティなこの言葉が国語辞書に載っているとは考えづらい。
百人斬りは日中戦争初期に、二人の将校がどちらが先に百人を殺したかと競った事が問題となり、裁判までになった言葉である。
しかし現代では男性がどれだけ多くの女性と関係を持てたかを形容する時に用いられている。
この小学生の男の子は後者の意味で用いているに違いない。
「おい、お前ら止めろよ。お姉さんだって子供にそんなこと教えられるわけないだろ。しかたねぇな、お前らだけに教えてやるからちょっと集まれよ」
男の子を囲うように一斉に集まる。その小さな円の中にこっそりと混じる。
一体何て男の子が説明するのか、興味があった。
放送禁止用語があったら、ピーと警告音を発し、話を遮るつもりだった。
「良く街中に恋人達がいるだろ。そいつらの事なんだけど」
「うん、うん」
「で、手を繋いでいる恋人同士がいるだろ?そいつらの繋がっている手を切って行くんだ。昨日漸く百人に到達した」
「すっすげーっ!」
「流石~」
興奮気味に歓声を上げる。流石だぜ~と褒められて、男の子はまんざらでもないようで、得意げに鼻を掻いている。
「いや、本当に凄いね。君、お姉さんびっくりしたよ」
俺らもやるぜ、と元気良く駆けていった男の子達に、本当の意味の百人斬りを教えなくて良かったと心底安堵した。




