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プロローグ


 パリは世界で一番美しい恋の都だ、と、ミランは考える。

 真下から見上げた夜のエッフェル塔は、まるで金色のガラスで造られた美術品のように繊細に思えた。

 先程からミランの前を行き来する恋人たちは、どの表情も幸せそうな笑顔を浮かべている。

 それを愛しいような、切ないような、どこか落ち着かない気分でミランは眺めている。


「この街には色んな恋が落ちているのに、おまえはもったいないよ」


 アトリエを出る前、師匠のカミーユはミランにそんなことを言った。

 でもそれは、二年も一人の女性を想い続けたミランのことを讃える、カミーユなりの褒め言葉でもあったのだろう。

 彼の言う通り、パリは世界中のあらゆる人が出逢い、ロマンティックな恋をする街だ。カミーユのように幾つもの恋を楽しむ人間は多いけれど、ミランは違った。クリスティーヌとのことを運命だと思っているのだ。

 だからこの二年間、彼はいつもクリスティーヌに恋をしていた。


 ―――確かに二十四歳にもなって、運命を信じているのも笑える話だと思う。


 今夜エッフェル塔の下で彼女を待ちながら、ミランはどこか満たされた気持ちでそう自嘲する。

 待ち合わせは午後九時。

 ミランが約束のトロカデロのメリーゴーランドに着いたのは、その三〇分も前だった。

 夜のパリはだいぶ冷え込んでいる。コートの両ポケットに手を入れて、彼はじっと動かずに道行く人を見つめていた。

 メリーゴーランドの木馬が何度も視界を滑っていく。広場に流れるオルゴールの音色はすっかり景色の中に溶け込んでしまった。

 クリスティーヌは、まだ来ない。


 いつからだろう。

 ミランが「待つ」ということを、苦に思わなくなったのは。


 思えば彼は、恋が始まった朝からクリスティーヌを待っていた。

 だけど彼女を待つ時間はとても幸せなものだった。何をしていても、どこにいても。この街で彼女を想うことは容易くて。

 パリを包む芸術と幻想は、いつだってミランを恋する青年の心情に浸らせてくれた。


 今夜も青年は運命の人を待っている。

 彼を盲目にさせる、この美しき恋の都で。



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