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乙女ゲームの悪役令嬢がうらやましい~こちとらヒロインですらなく消耗品で、推しに殺される側ですが~

掲載日:2026/03/30

 目が覚めた瞬間、視界を焼いたのは青いいなずまと、真っ赤な炎だった。

 鼓膜を震わせる爆音。衝撃波で肌がピリつく。

「その『キーパー』を渡せ! 我が騎士団の栄光に、その力は不可欠だ!」

「やかましいわ! この方は俺たちの『家族』として迎えるんだよ!」


 周囲は、ユニット同士の文字通り命がけの奪い合い。

 地面にへたり込んだまま、私は、目の前で火花を散らすイケメンたちを見上げた。彼らが一歩踏み込むたびに、石畳が豆腐のように砕け、熱風が髪を焦がす。

 ――私は、短く一言で締めた。


「……無理。知ってるやつだこれ。」


 脳内に強制インストールされた記憶が、残酷な事実を告げている。

 ここは乙女ゲーム……いや、乙女「向け」ゲーム「セブン・フォールズ:断罪のレクイエム」の世界。

 ジャンルは、狂愛デッドラブファンタジー。

 断言しよう。これは恋愛ゲームじゃない。女向けに作られた、地獄の観賞用コンテンツだ。「乙女向け」なんて優しいもんじゃない。

 攻略対象全員が「自分の信念(罪)」のために他人を平気で踏みにじる、倫理観がログアウトしたディストピア。

 そして私は、主人公といっては聞こえはいいが、ヒロインですらない。彼らの暴走する魔力を自分の中に通して中和させる、代えのきく「生体フィルター」――人権の存在しない、ただの消耗品キーパーだ。


「来た瞬間から嫌。一秒でも早くログアウトしたい」


 えっ魔力があるなんてサイコーじゃん? バカ言うんじゃない。

 私が即帰りたい理由は、このゲームのクソ仕様にある。

 命が、軽い。魔法が「生き様」なせいで、みんな出力がバカ高い。例えば、傲慢すぎる男のヴァルディオン(今目の前で青い雷をバチバチさせて、周囲の建物を粉砕している男である。ちなみに彼がアプリの顔だ)なんかは、傲慢が故にただのデコピン一発で城門が粉砕されるレベルの出力が出る。物理法則が彼のプライドに忖度してるんだよ。やってらんないでしょ。

 そして魔力暴走=詰み。

 男たちが感情を高ぶらせるたび、私がその「毒」にも等しい魔力を身に受けて中和しなきゃ、半径数キロが吹き飛ぶ。文字通りである。

 更に、男たち全員、性格が重すぎる。愛情表現のバリエーションが「心中」か「監禁」か「殲滅」の三択しかないとか、母親はもっとしっかり教育すべきだったと思う。

 ……でも、いい。

 せめて、せめて推しに会えるなら、この地獄にも耐える価値がある。

 私の最推し、それは【憤怒:イラ】の参謀、サクヤである。

 「主(団長)のためなら、この命も、魂も、喜んで捧げましょう」なんて冷徹に言い放つ、あの献身的な横顔。

 こういう重い男が最高なんだよね! と、画面越しに課金していた頃の私は、たしかに幸せそうにスマホを叩いていた

 ……でも、待って欲しい。

 現実で改めて考えると、それって致命的にヤバくない?

 「主のために死ぬ」ってことは、主のためなら私(主人公)の命なんて、ゴミ同然に切り捨てるってことでは?

 推しのサクヤからすれば、私は「主の役に立つ道具」か、「他勢力に渡るなら壊すべき障害」の二択。そこに、「女の子だから優しくしよう」なんて甘っちょろい手加減は1ピコグラムも存在しない。

 改めて言おう。今の私は、超重要資源である「キーパー」である。

 推しの参謀からすれば、私は「主の役に立つ道具」か、「他勢力に渡るなら壊すべき障害」の二択。

 ――詰んだ。出会った瞬間に、私は「確保」か「排除」の天秤にかけられる。

 ……しかも、最悪なことに。

 この男は、“迷わない”。

 主のためになるか、ならないか。ただそれだけで、切り捨てるかどうかを瞬時に決める。

 そこに、情も、躊躇も、例外も存在しない。

 画面の向こう側にいたときは、その徹底した冷酷さこそが、彼の美徳だと思って推していたのだけれど。

 今はただ、自分に向けられた「処刑人の眼差し」が死ぬほど怖い。

 そう怯えていると、争う雷と炎の影から、静かに、音が消えるような感覚と共に「彼」が現れた。

 真っ黒にカスタマイズした団服の裾を翻し、手にはあの忌々しいほど美しい暗器を携えている。


「……お騒がせして申し訳ありません。ですが、その『鍵』は我々が管理することになっています」


 声は、氷のように冷たくて、甘い。有名声優のCVがついてるだけある。

 でも、その瞳に「私」という人間への敬意なんて、微塵も存在しなかった。

 彼にとって、私は「主の盤上にある駒」に過ぎないのだ。

 冷徹な瞳で見下ろされ、心臓が跳ねる。……ときめきじゃない、これは生存本能の警鐘だ。


「二次元だからいいんだよ! 愛が重いのも、主従の心中も、画面の向こうだから尊いんだよ! なんで転生なんてしたんだよ! うわああ!!」


 血を吐くような絶叫を上げても、現実の空は無情に青い雷と赤い炎を降らせ続ける。

 脳裏をよぎるのは、この先に待ち受ける血塗られたイベントスチルの数々だ。

 【嫉妬:インヴィディア】の座長に喉を焼かれ、歌えない小鳥として籠に閉じ込められる『氷の檻』。

 【強欲:アヴァリティア】の総帥に資産価値を計られ、魔力が枯れ果てるまで搾り取られる『黄金の椅子』。

 そして何より、推しのサクヤが、主君の邪魔になるという理由だけで、慈悲深い微笑みを浮かべながら私を闇に沈めて「無」に帰そうとする、あの最悪の『葬送の抱擁』……!

 あのとき画面で見たスチル、やけに綺麗だったな、なんて。

 当事者になる側の気持ちなんて、これっぽっちも考えてなかった自分を殴り飛ばしたい。

 分かっている。このゲームにルート分岐なんて優しいものはない。

 メインストーリーは一本道。つまり、私はこれら全ての地獄を「順番に」「強制的に」体験させられるのだ。

 死ぬことはない。物語が進まなくなるから、システムがそれを許さない。

 ただ、死んだ方がマシだと思える目に遭いながら、ボロ雑巾のように中和キーピングを繰り返す。

 知識がある。結末を知っている。

 だからこそ、この「逃げられない運命」が、心臓を直接握りつぶされるように恐ろしい。

 ……なお。

 私の平穏(および推しとの適切な距離感)への祈りは、一瞬で粉砕された。

 あろうことか、というか、メインストーリーの残酷な台本通りに、私の身柄を強引に確保したのは、推しのいる【憤怒:イラ】ではなく。


「ふん、この『鍵』は我が騎士団が預かる。不服か? 貴様のような軟弱者が、我ら高潔なる盾の一部になれるのだ。光栄に思え」


 よりによって、あの実力至上主義で、プライドが天を突く【傲慢:スペルビア】の騎士団である。

 推しとは敵対勢力。

 会えば命を狙われるか、道具として利用されるかの二択。

 そして目の前には、有無を言わせぬ騎士王の威圧感。

 ――詰みである。

 私の「推し活(物理)」は、開始一分で地獄の強制労働へと塗り替えられた。


「…………終わった。帰らせて、マジで。」


 これだったら、まだ攻略対象に「愛」がある普通の乙女ゲームに転生したほうが数百倍マシだった。


乙女ゲームって愛があるだけいいですよね。乙女向けだと愛がないことが多いので……

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