5 用務員、初めて魔法を使う。
その後、職場に戻るラキを見送って、透とノアは子供たちと遊んでいた。
入院中の子供たちということで、透は慎重に接していたが――……。
「ぜぇ、はぁ……も、もうダメェ……」
透の心配をよそに、子供たちは大変元気いっぱいだった。
キャッキャッと走り回る子供たちに付き合って一緒に飛び跳ねていた透だったが、途中から体力の限界を覚え、やがて床にうつ伏せに倒れ込んだ。
「何ということでしょう……体力無尽蔵……っ!」
「そんなことはないと思うがのー。其方が貧弱なんじゃろ」
「くう、これでも体力に自信がある方だったのに……!」
悔しげにつぶやく透だったが、じたばたと手足を動かす体力はない。
「魔王様ー、次はこれー」
「魔王様ー、これもしよー」
「みいー!」
そんな透とは正反対に、子供たちは元気だった。
ついでに子猫もそうだ。あの小さい体のどこにそんな元気があるのだろうか。
子供たちと子猫は、まだまだ遊び足りないと言う様子で透を呼ぶ。
打ち解けてくれたのは嬉しいが、如何せん透の体力は限界だった。
「ちょ、ちょっとだけ休憩したら行きまーす!」
「はーい!」
それでも子供たちの笑顔を曇らせたくなくて少々無理をしてそう返せば、素直な返事があった。
「聞き分けが良い……良い子たち……」
ジーン、と透が感動していると、隣にノアが腰を下ろした。
「そうじゃの。じゃが、いつもよりもワガママが言えておる。其方、子供の相手が上手いのう」
「んっふっふ。褒められて嬉しい……。まぁ、学校の用務員さんですからね。子供たちと接する機会は多いですから」
透は何とか顔だけ上げて、子供たちの方を見た。
結晶化した手や足が、キラキラと煌めいているのが、妙に印象に残る。
「大人は子供を守る存在です。大人の前でワガママが言えるようになったなら、それは素敵なことですよ」
「……其方、若いのになかなか良いことを言うのう」
「ふっふっふっ! 僕、イケメンですからね! 名言だって飛び出しますとも!」
「それがなければのう……」
ノアが、はぁ、とため息を吐いた。
透は「あはは」と笑う。
「これが僕のアイデンティティですから。実際にどうです、この世界でのイケメン度合いは?」
「ん~? そうじゃのー、確かにイケメンだと思うぞ」
「ほう、この世界もお目が高い!」
「妙な言葉を使いおってからに」
ノアは肩をすくめると、ひょいと杖を動かした。
すると透の体が空中に浮かび上がる。
そのまま、近くの椅子にストンと座らされた。
「……魔法って奴ですか?」
「そうじゃよ」
「へぇ~! 便利ですねぇ。いいなぁ。重いものを運ぶ時とか役立ちそう」
この魔法がもしも透の世界でも使えたら、台車などを使わずに多くのものを運べそうである。
仕事が捗りそうだなぁなどと考えながら透は、病室のある方を向いた。
「ノアさん。魔力欠乏症を患っている人って、結構多いんですか?」
「ああ、今はの」
「今は?」
「うむ」
ノアはこくりと頷いた。
少し表情が曇ったように透には見えた。
「昔は緑の領地にも魔力が満ちておったのじゃ。体内の魔力が減っても、空気中に魔力が漂っていて自然に吸収できた。それが今では……」
どこか悔しそうにノアの表情が歪む。
透が訊き返そうとした時、廊下の方から慌ただしく走る音が聞こえてきた。
何だ、と透が顔を向ける。
ほぼ同時にドアが勢い良く開いた。
入って来たのは魔王城で働く騎士だった。
騎士は治療院をぐるりと見回したのち、透とノアを見つけて駆け寄って来る。
「こちらでしたか、魔王様、ノア様!」
「どうした?」
ただならぬ様子に、ノアが短く状況を訊く。
「はい……! ウーヴァの森に、骨狩りが現れました!」
◇ ◇ ◇
騎士の案内で、透とノアはウーヴァの森へと向かった。
魔王城の城下町を出て少し歩いたところにある森で、葡萄のような実の生った木があちこちに生えている。
「骨狩りってどんなものなんですか?」
進みながら透はノアに訊く。
「骨狩りは、見た目は、黒い泥のような体をした化け物じゃ。出会った人や動物の体を模倣し、そのものに成り代わるために骨を奪う」
「成り代わる……?」
「そうじゃ。骨を奪われれば、記憶や言葉もそいつのものになってしまう。そうして骨狩りは誰かに成り代わり、我らのコミュニティに入り込んでは仲間を増やしていく」
「うわぁ……」
聞いていると、まるで都市伝説のドッペルゲンガーのようだなと透は思った。
もっともドッペルゲンガーは、誰かに成り代わったりはしなかったと思うけれど。
こうしてどんな被害があるか明確になっていると、先ほど騎士が緊迫した表情を浮かべていた理由が、異世界人の透にも分かる。
「そりゃ見つけたら即討伐ってなりますよねぇ」
「ああ。しかも厄介なのは、それだけではなくての」
「うえ、これ以上の話がまだあるんです?」
「うむ。奴らは魔力を主食とするんじゃ」
ノアは透の魔石化した左腕をちらりと見る。
まさか、と透の顔が引きつった。
「骨狩りは成り代わりに使うものとは別に、餌用に生き物を襲う。果物や野菜よりも、生き物の方が魔力が詰まっておるからの。そうして骨狩りに襲われたものは、魔力欠乏症と同じ状態になる。しかも、治りはより悪くなるのじゃよ」
透はぎょっと目を剥いた。
「まさか、さっきの子供たちは……」
「…………」
ノアは沈黙した。それが答えだった。
ぎり、と透は拳を握りしめる。
「骨狩りはそういう化け物での。すべての生き物にとっての敵じゃ。――いたぞ」
鋭く言って、ノアが足を止める。
そこには人の形をした泥のような化け物が三体、ゆらゆらと蠢いていた。
「せっかくの機会じゃ。其方、魔法の使い方を教えてやるからやってみよ」
ノアは骨狩りを睨みつけたまま、透に向かってそう言った。
えっ、と透は目を丸くする。
「僕ですか? ま、魔法って僕も使えるんです⁉」
「そんな腕になっておいて、使えないわけがなかろう? ただ魔力を与えられただけなら、宝の持ち腐れではないか」
「それはそうですが……えっ、本当に? 使っちゃっていいんですか?」
「嬉しそうじゃのー」
「嬉しいですよ! 魔法なんて憧れじゃないですか!」
「――――っ」
ノアが酷く驚いた顔で目を見開いた。
どうしてそんな表情をするのだろうかと、透はわずかに首を傾げる。
「あの、ノアさん?」
「あ、ああ、いや……何でもない。では、良く見て、聞いておれよ。まず魔石化した手を前に突き出せ」
「あ、はい」
少し引っ掛かりを覚えたが、それよりも今やるべきなのは骨狩りの討伐である。
透は言われた通り、左手を前に突き出した。
「魔力を集中させよ……と言うても分からんか。そうじゃの……其方は魔力と聞いて、どんなイメージを思い浮かべる?」
「魔力のイメージですか? ええっと、そうですね……光とか……うわっ⁉」
ノアやジナが見せてくれた魔法を想像したとたん、透の腕を中心に光の環のようなものが、ぶかぶかのブレスレットのように幾重も表れた。
「うむ、やはりヴェルデ神の補助が効いておるのう。良いか、トール。それが魔力じゃ。その状態を維持するよう意識したまま、我と同じ言葉を繰り返せ」
ノアは杖の先端を骨狩りへ向けた。
「“星の欠片よ、降り注げ”」
「”星の欠片よ、降り注げ”」
透が言い終えた瞬間、光の環が広がるように解けた。
すると同時に体から魔力がごっそりと減る感覚がした。
えっ、と思っている間に空中に魔法陣のようなものが現れ、そこから彗星に似た光が無数に現れ、骨狩りに向かって降り注ぎ始める。
(魔法だ……!)
わ、と透は口を開いたまま固まる。
「素晴らしい。ようやった、トール!」
ノアが興奮気味に褒めてくれる。
遅れて胸に訪れた感動に、トールは「すご……」と小さくつぶやいた。
――だが。
「……っ?」
急に透の視界がぐるりと回った。
眩暈だ。
目が回る。気持ちが悪い。
(あ、まずそう……)
立っていられなくて、透はその場に倒れ込んだ。
「トール? おい、トール、しっかりせよ、トール……」
呼びかけるノアの声がどんどん遠くなる。
そうしているうちに、透の意識はぷつりと途切れてしまった。




