17 用務員、延長戦。
あれから数日が経った。
というより経った『らしい』という方が正しい。
ヴェルデ神を斃した直後に透は気絶して、ずっと眠ったままだったからだ。
目を覚ました時なんて「良かった」とルイに大泣きされてしまい、透は申し訳なさでいっぱいだった。
さて、そんな透だが、体の方はすこぶる調子が良かった。
魔石化した体も、左腕と胸の辺りを残して本来の肌に戻っている。
ジナ院長曰く、とんでもなく魔力を消費するあの魔法を連続で使ったためだろう、とのことだった。
本来魔王が使った分の魔力は、ヴェルデ神の魔力から自動で補充されるようになっていたそうだ。
しかしそのヴェルデ神が斃されたことで、以前のように魔力がすぐ戻ることがなくなったため、一番最初に魔力を与えられた時まで戻っているのだろう、と彼女は言っていた。
つまり薬やらなにやらで増えた分がなくなり、本来の量に戻ったということである。
(まぁ、もとがゼロなので本来の量って言うのもちょっと違いますけどね)
治療院の病室でそんなことを考えながら、透は左側へ顔を向けた。
隣のベッドだ。そこにはノアが横になっている。
ノアは顔色こそあまり良いとは言えないが、体に走っていた光の線は消えていた。
「お互い、生き延びましたねぇ」
「そうじゃのう」
ノアは天井を見上げたまま、ぼんやりと相槌を打った。
ちなみに目が覚めたのはノアの方が早かったらしい。
透もまた天井へ顔を向けた。
「皆さんに怒られましたねぇ」
「泣かれもしたのう」
特にルイに、だ。
ノアの時はどうか見ていないが、透が目を覚ました時は怒りながら泣かれてしまった。
『貴様! 自ら死に急ぐようなことを言うなど、ふざけるな!』
胸倉を掴まれ怒鳴られた。
蜂蜜色の双眸からはぽたぽた涙を零れていて、それを見てひどく罪悪感を覚えたのを透は思い出す。
あの時ノアに言った言葉に嘘はない。
けれども聞いていたルイを傷つけてしまったことを今になって理解して、体が動いたのならば、最初に会った時のように土下座をしたくなったものだ。
「……すまなかった」
そうしていると、ノアから謝罪の言葉が聞こえた。
「おや、謝って済むとお思い?」
冗談めかしてそう返せば、ノアは緩く首を横に振る。
「いや。到底許されないことをしたと思うておる」
「……ねぇ、ノアさん。どうして回りくどいことしたんです?」
「回りくどい?」
「ええ。ほら、どう考えてもそうでしょ。だって最初に、あの魔石の間に入った時に同じことをしたら、もっと簡単に終わっていたんじゃないですか? 誰も見ていないあの時の方が、色々言い訳ができましたよ。魔力供給が上手く行かずにに死にました、とか」
「ああ、それは…………そうじゃのう」
ノアは少し時間をかけて肯定した。
「其方が……友に似ておってな」
「ノアさんのお友達に?」
ああ、と少しだけ柔らかい声が、ノアの口から零れた。
「お人好しで、気の良い奴じゃった。顔が良いだろう、などと本気で言うところも似ておったなぁ」
「おやおや、僕、めちゃめちゃ褒められてますね!」
「ははは」
顔が良いのはもちろんだが、お人好しで気の良いとまできた。
これはもう最上の誉め言葉ではなかろうかと、透がご機嫌に返せば、ノアはくつくつと笑う。
それから、少しだけ目を伏せた。
「…………其方が嫌な奴だったらと、何度も思うたよ」
「そうですか。なら、僕、良い奴で良かったです」
「自分で言うか?」
「ノアさんだって、たった今褒めてくれたじゃないですか」
そう言えば、ノアが一瞬、虚を突かれた顔になった。
「ところで……神様を斃しちゃって、これからどうしましょうかね」
「さてな。しばらくは荒れるじゃろうが……その責任は取るつもりじゃ。それを許されるかは分からぬが」
「なら、僕もですねぇ。すぐに帰るつもりでしたけど、このまま無責任に放っておいて帰るわけにはいきません……って、そう言えば僕って元の世界へ帰れるんです?」
自分をこの異世界へ喚んだのがノアならば、それができるのはノアなのだろう。
そう思って訊ねると、ノアは「ああ」と頷いた。
「帰す方法については、用意はしていた。其方が魔力の器にならなかった時のため用に、念のためな」
「ああ、何だ。やっぱりノアさんも、良い人じゃないですか」
「馬鹿を言うでない。殺そうとしていた相手に向かって」
「言いますよ。だって当事者ですからね。その僕がそう思ったんですから、誰にも文句は言わせませんよ」
透が胸を張って言えば、ノアの顔が少し歪んだ。目が、どこか潤んでいるようにも見える。
「…………まったく、年寄りを泣かせてどうするつもりだ」
「あっはっはっ。僕でそれなら、これからもっと大変ですよ」
「え?」
「ねー、ドアの外で話を聞いている皆さーん」
にっこり笑って透は病室の外へ向かって呼びかけた。
すると、ガチャリ、とドアが開いて、ルイや子猫、ジナ、入院中の子供たちなど、魔王城の者たちがぞくぞくと顔を覗かせる。
その先頭に立っていたルイは気まずそうな顔で、おずおずと病室へ入って来た。
「い、いつから気付いていた?」
「いやー、気付いてはいませんでしたけど、こういう時って大体いるかなって」
「な、何だと⁉ く、くう! たばかられた……!」
「あっはっはっ」
透が元気に笑ってみせれば、ルイたちもつられて苦笑し始めた。
「ノア様も魔王様も起きたって聞いたんで、ちょっと見舞いにと思って」
「みぃ! みぃ~~!」
「具合どうです? 魚食べます?」
「ばっか、こういう時は野菜の方がいいだろ?」
「なーに言ってんのよ、お見舞いには果物でしょ?」
わいわいと賑やかに話す魔王城の者たち。
それを見て、ノアがぽかんと口を開けていた。
「……皆」
そんなノアの口から、やっと出たのはその言葉だった。
そのとたんに、弾かれたように子供たちが病室へと飛び込んで、
「ばかー! ノア様のばかー! 死んじゃったらどうするのー!」
「死んじゃやだー!」
「ばかー! 生きてて良かったのー!」
そう怒り出した。
両手で拳を作って、ふるふると体を震わせながら怒る子供たち。
ノアはこれでもかというくらい目を見開いた。
そんな子供たちに透は、
「こらー。馬鹿はダメですよ、馬鹿は」
と、やんわり一部の言葉を訂正する。
「でも魔王様も言われてたよ?」
「言われてましたねぇ! というわけで、ノアさん。こういう時は?」
ちらり、と透はノアを見た。
「え? あ……えっと……も、申し訳なかった……」
どうしたら良いか分からないと、しばし視線を彷徨わせていたノアだったが、たっぷりと時間をかけてその言葉を紡ぐ。
すると、
『いいよ!』
透も含めて、その場にいた全員が声を揃えてそう言った。
「――――」
ノアが驚き、目を瞠る。
「ねぇ、ノアさん。ごめんなさいで赦してもらえる関係を、あなたは築いていたんですよ。それって、すごいことじゃないですか」
透がそう言えば、ノアの顔がくしゃりと歪んだ。
その目からは、ぽろぽろと大粒の涙が零れ始める。
両手で顔を覆い、嗚咽を堪えるように体を震わせるノアに、ルイが近付いて頭をそっと撫でる。
「……ああ、そうだ」
ふと、ルイが透の方を振り向いた。
「それで、トール。貴様、まだ魔王を続けるつもりだな?」
「あ、はい。色々とやちゃったことの後始末をしないとと思いまして……。すみません、ルイさん。ですのでもうちょっと待ってもらえると……」
「いいさ、私の寿命も長いからな。ヴェルデ神がいなくなったことで、魔王就任の儀式もなくなるだろうし、交代はいつでもできる。それに……貴様を見ていると勉強にもなるからな」
「おや、それは光栄。さすが僕、さすがイケメン!」
「それがなければなぁ……」
ルイががっくりと肩を落とすと、その場にいた者たちが噴き出すように笑い出した。
気が付いた時には、その笑い声の中にはノアも混ざっていて。
それを見てほっとした透もまた、くすくすと微笑んだのだった。
◇ ◇ ◇
それから五日後。
無事に治療院を退院した透は、魔石に魔力を注ぐといういつものルーティーンを終えてから、魔王城の掃除をしていた。
魔力の回復が遅くなったため、しばらくは魔道具への魔力供給は様子を見よう、という話になったのだ。
そのため手隙となってしまった透は、何か仕事がないかと探し――魔王城の見回りがてら掃除をしようと考えたのである。
「ああ、これぞ用務員の仕事……!」
「みぃ」
魔王城内を見回り、設備を点検し、掃除をする。
何だかとても落ち着くと、透の頬が緩む。上着のポケットにすっぽり収まっている子猫も、何だか楽しそうに鳴いていた。
そうしていると治療院に入院している子供たちが、ぱたぱたと走ってやって来た。
「魔王様、また掃除してるー!」
「そうですよ、だって僕は魔王ですが用務員さんですからね! 働いている場所の整備、点検、掃除は僕のお仕事です!」
声の方へくるりと振り返る。
すると子供たちの服装が目に飛び込んできた。
子供たちが着ているのは、いつもの入院患者用の服ではなく、ツナギのような作業服である。透が着ている服とそっくりだ。
「おや、その服どうしたんですか? いいですねぇ!」
「よーむいんさんがやりたいって言ったらね、ノア様が作ってくれたの!」
「ノアさんが!」
器用な人だとは思っていたが、裁縫までできるとは。
透は感心しながら、口の端をニッと上げて、手に持った箒を軽く掲げる。
「それでは皆さんは今日から、用務員さん見習いですね。一緒に頑張りましょう!」
「みぃ!」
「わーい!」
「わーい!」
「やったー!」
ウキウキとした透の掛け声に、子供たちが嬉しそうにぴょんと飛び跳ねた。
魔王を譲り、事後処理を済ませて元の世界へ帰るまでの、短いか長いか分からない延長戦。
そんな不思議で貴重な時間を、やるべきことををしっかりこなしつつ楽しんで過ごそうと、透は思ったのだった。
了




