聖女様のマッサージチェア
私は腰痛持ちだ。
普段は外面がいいから仕事でもそこそこみんなに好かれている自覚がある。だが心の中では常に腰痛に苦しんでいる。立ち上がるたびに「いてて」と呟きたくなるのをこらえ、笑顔で過ごす日々。
そんな私のささやかな楽しみが、仕事帰りに家電量販店のマッサージチェアコーナーに寄ることだった。
閉店まで1時間ちょっと…マッサージチェアコーナーに関心を寄せる店員はあまり居ない。悪いなと思いつつ今日も少し癒されて帰ろう…。
その日も疲れ切った体で椅子に沈み込む。
「はぁ〜これこれ……そのうちマジで買うかなぁ」
そっと目を閉じ、心地よい振動に身を任せる。
…そして気づけば、見知らぬ石造りの広間にいた。
……しかも、量販店のマッサージチェアコーナーごと。なぜ!?
十数台の椅子がずらりと並んだ異様な光景に、鎧姿の兵士やローブ姿の神官たちがどよめいた。
「召喚は成功した!」
「聖女様が玉座と共に降臨なさった!」
「え、どういうこと!?なんかコーナーごとどっか飛んだ!?」
慌てて立ち上がろうとした瞬間、腰にピキッと痛みが走る。
「いててて……」と腰をさすると、兵士が目を見開いた。
「聖女様が……呪いをその身に受けておられる!」
「いやいや、先月“魔女の一撃”食らっただけだから」
私がぼやくと、周囲は一斉に涙ぐんだ。
「聖女様が魔女の攻撃を自ら受け止め我らを守ってくださっている……!」
「ちょっと待って誤解してる!魔女の一撃ってギックリ腰の事だから!!」
誰も聞いちゃいねぇ。
その後、事態はさらに妙な方向へ進んだ。
兵士の一人が恐る恐る椅子に近寄ってきて観察する。私は思わず「座ってみます?」と言うと「よろしいのですか!?」と恐る恐る腰を下ろす。
…だが、ピクリとも動かない。
「座り心地がとてもふかふかで…上質な皮のようですね…」
と言う兵士の隣に私が立つと、ウィーンと低い振動音が響き出した。
「起動した!?」
「聖女様のお導きで癒しが発動するのか!?!」
「えぇ…なにこれセンサーのバグ?」
まあバグなのか何なのかわからないが、私が居ないと起動しないならしょうがない。
ーーーーーー
「はい、次の方どうぞ〜」
次々と兵士や村人が列を作る。
動作音のウィーンという音に人々は震え上がる。
「これは古代の精霊の声…!」
ヒーターで腰がじんわり温まると、感極まった声が上がった。
「癒しの温もりが心にまで染み渡る……!」
私は笑顔で頷きながらも、心の中で(ヒーター機能ね)と突っ込むしかなかった。
ーーーー
やがて戦の刻が訪れた。
国境の森から魔物の群れが現れ、黒い瘴気をまき散らす。
兵士たちは腰から崩れ落ち、呻き声を上げて倒れていく。
「聖女様! どうか!」
私は深くため息をつき、コーナーの前に立った。
「並んでくださいね。順番にどうぞ」
兵士たちは涙を流しながら次々と椅子に座り、癒やされて立ち上がっていく。
「聖女様が魔女の一撃を祓ってくださった!」
「癒しの奇跡だ!」
戦場はマッサージチェア待ちの行列と化していた。まじでこれはどう言う状況なんだろうか。あまり深く考えるのはよそう。
私は腰をさすりながら空を見上げ、ぼそりと呟く。
「……異世界でも、ギックリ腰は魔女の一撃だわ」




